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アクアリウム12

つられて空を見ながら アウディの右シートに
体を滑りこませると、革張りのシートがお腹が鳴る音に
そっくりの音を立てた。

力亜はまだ、左シートの運転席から空を見上げて
「いい天気。」とニコニコしている。
「どこ行くの?」というありきたりな質問をする自分が
ちょっと子供に思えた。でも相手が力亜ならしかたないか。

ハンドルに手をかけながら彼は
「もう目的地には着いているんだ。」と頷いた。
まったく訳の分からない返事に。車の中が僕の頭から出た
クエスチョンマークで埋まっていく気がする。
首をひねると、同時にエンジン音。
力亜はキーをひねり、スムースなアクセルワークをみせた。

「着いてるって何?どういうこと?」どうして僕はいつも
力亜を質問攻めにするんだろう。

前を向いたまま、力亜はスマイル顔で
「裕ちゃん」とつぶやいた。おもむろに電動ウィンドウを
4枚同時に開け放つと、エンジン音よりも大きく
こう叫んだ。

「オール・オブ・ザ・ワールド!!」

車内は瞬く間に、秋の風で満たされ
心地の良い涼しさと、爽快さのフォルテッシモを奏で始めた。

暴れる前髪をなだめるように、髪をかき上げていると
力亜はくしゃくしゃの紙を右手で差し出してきた。
予備校のラウンジで見た、模試の結果だ。

例のパーフェクトな結果が記されている。
モヤモヤとしたうらやましさを感じずにはいられない。
頬をそれとなく膨らませていると

「そっちじゃないってば、裏 裏。」と力亜に促されて裏面を見た。
すると
古い西洋建築の美しい模様かと見紛う数式が
びっしりと整列していた。
重力 力 ベクトル 弾性 面積 質量 それら全ての因子が
矛盾なく行儀よくおさまっている。
数式の末尾には A 60km/h と記されていた。

「これって何を求めた数式なの?」口をついて出るのは質問ばかりで
本当にクエスチョンマークに埋没してゆく自分が見えるような気がしてきた。

ニコニコしながらハンドルを切っているコイツは
僕が一生のうちで最も質問した男になるだろう。

人差し指と親指を広げて、力亜は答え始める。
「万年筆ってさ、このくらいの長さでしょ?この間さラウンジで
知香子が何気なく、自分の胸の近くに置いたんだよ。」
また話のチェンジサイドだ。でも最後はいつも本筋
(真実と言っていいのか)に戻されることに
いい加減気づいている僕は、黙って相槌を打った。

「万年筆の長さで知香子のおっぱいが、どのくらいの大きさだか
分かったんだ。さらに、おっぱいが置かれたテーブルの円周と
細胞の質量。諸々を検証したらさ・・・分かっちゃったんだよね!」
力亜は、僕の手元にある紙の60km/hをつんつんと指さした。

「つまり、時速60キロで走る車の窓から手を出したときに感じる
空気抵抗は、知香子のおっぱいを揉んだ時に等しいってさ!!」
不意に力亜はオーディオのスイッチをONにして
ボリュームを最大にした。
耳元で逆巻く、秋風を破って聞こえてきたのは

アイネ クライネ ナハト ムジーク

僕達は、大笑いしながら アウディの窓から手を出して
思う存分にバーチャルおっぱいを楽しんだ。

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