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おでん屋奇譚15

画面はベーカリーの画像から通りの向かいに反転して
リポーターの顔を映し出す。

"昨夜、拍手市○○町で何者かが、屋台を襲い
放火するという事件がおきました。
付近の住人の情報によると、犯人は数人の少年グループ
であるという疑い・・・・"

え?

"現場にはこのように無残にもグシャグシャに壊された上に
真っ黒にこげた、残骸が散らばっており・・・・"

えっえぇぇぇぇぇ?洋介はしばらく動けなくなった。

"尚、店主と思われる被害者は未だ行方不明
警察は、多方面より慎重に捜査・・・"

どうしたの?という母の声を
聞き終わらぬうちに、洋介はママチャリにまたがっていた。

牧さん牧さん牧さん
おでん達はどうなったんだ?
どうか無事で 無事でいてくれよ

何度も何度も
そう思い、あるいは口に出していたのかもしれない。
最速のスピードで、自転車を漕ぎ続けた。

凍てつく空気を切り裂いて
屋台のあった場所に、到着した。
嫌な汗びっしょりだ。
警察の現場処理はもうとっくに終わっていて
生々しくも黒々とした焦げ跡が地面に残されていた。

膝から崩れる 洋介

またか・・・。
またなのか?
どうしてなんだよ。
どうして僕の大切な人は
簡単に・・・いなく・・・・なっちゃうんだろう。


地面が水面に変わる
頬が冷たい
雨が降っていないのに
頬が冷たい

・・・・・・・・・・・・

どのくらい時間がたったのだろう?
また、ひょっこり牧さんが現れるという
淡い期待をしながら
一向にかなえられない一日。


手招きする 男が一人
最初は気づかなかった。

白い影がこちらをしっかりと見て
手招きしている。

サブローベーカリーの店主 水島三郎だ。


「風邪引くぞ。」
裏口から出てきた三郎は、ぶっきらぼうに
言った。

「とにかく入れよ。そんなところよりは、ずっとマシだから。」

香ばしい匂いが、鼻腔をついた。
・・・なんていい匂いなんだ。
それから、自分の手や足や顔に感覚がないのに
やっと気づいた。

「今流行りの ストーカー かと思われるじゃないか
あんなところに何時間も・・・・。」
踵を返しながら、三郎が言い放つ。

「あのっ・・・」

「ん?」

「あの 何か見ませんでしたか?昨日の夜」

「夜は寝てたよ。」

「でも大きな音がしたとか、起きたとか??」

「俺はパン屋だ。朝が早い。夜は寝てるよ。これ飲んで
温まったら、帰りなよ。坊や。仕事の邪魔だから。」
手渡されたのは、ミルクティー

「あの、あの店の牧さん・・あいえ、あの店の人
僕の友達なんです。親友なんです。どこ行ったかとか
分かりませんか?」
マグカップを両手で包み込んで、懇願するように
訴える洋介。

知らぬ間に、また涙がこぼれていた。

「警察の関わりになりたくないんだが。」
三郎は重い口を開ける。

「たまたま、昨日の夜はね、パンのアイディアを
考えていたんだ。夢中になっていたから外の音には
気づかなかった。」

手が熱くなっているのにも気づかずに
洋介は目を見開いて聞いた。

「泣くなって。坊や。 でな、一段落して
外で一服しようと、裏口から出たんだ。そしたら
妙に明るい。燃えてたんだよ。おでん屋さんが。」

「あぁ・・・。」

「俺が見たのはそこまで。消防車呼ぼうとした時には、もうサイレンが聞こえていたよ。誰か先に呼んだんだろうな。」

「で、そのとき牧さんは?店の人は?」

首を横に振る。

「あ、でもな。ひとつだけ変なもの見たよ。」

「変なもの?」

「何かを口にくわえた、真っ黒い猫がすごい勢いで
走って行ったよ。たぶんだけどな。山の手の飼い猫だありゃ。」

「山の手の飼い猫?何でそんなことが分かるんですか?」

「たまたま、迷い猫の張り紙見たんだけど、そいつと同じ
首輪してたんだ。金色の派手な奴。」

「それって・・・・どういうことなんだろう。」

「ほら、もういいだろ。それ飲んだから帰りな。
さっきも言ったろ。仕事の邪魔だ。」

不思議に美味しいミルクティーを飲み干して
もっと不思議な気分になりながら
絶望と言っていいやら、希望といっていいやら。
妙な胸騒ぎに取り付かれて、洋介はベーカリーを後にした。

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