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おでん屋奇譚12

「そっかぁ。洋介が来るかぁ。」

「あの坊や、ここに来てから、少しずつ変わってきてるみたい。
ほら最初は、冷めたところあったけどさ
今は、なんか柔らかくなってきたでしょ?」
「そういえばそうだな。」

「私が予言した通りさ、あの子の澱が解けてきたのよぅ。」
「澱って?」

「うん、心の澱よ。この間話したじゃない?
あの子大好きな父親を亡くしてからね。
誰かと仲良くなるのが怖いの。亡くした時の
悲しみがあまりにも大きかったから。
でもねぇ、牧さんとであって、友達になって
その澱がだんだんと無くなってきてるわ。」

「俺がそんな役に立ってるなんて…。」

「そ、だから友達として付き合ってあげてね。
親心とか、そういうの出しちゃ駄目よぅ。」

「オッケーオッケー。」

人差し指と、親指で輪っかを作って応える。

「厚揚げはさ、お客さんのことはよく予言できるみたいだけど
自分がいつ食べられるかとか、そういうの分かんないの?」

「あはっ 残念ながら自分のことは 分かんないのよぅ。」

「そのほうがいいかい?」

「そう、そのほうがいいわぁ。」

「おかげで俺は、教祖になっちまった。」

「あはははははは。でも裏の教祖はアタシ。」

「違いないね。」

バンダナの頭を掻いて、笑う。
おでん達は、牧村の笑い顔を見上げて
にこりと笑っている。


「ほら。」

厚揚げの視線の先に、見覚えのある
スニーカー

「おぉ、いらっしゃい。」

「あけましておめでとうございます。」
ダッフルコート姿の洋介。白い息を吐きながら
暖簾をかき分けて、座った。

「これ、牧さんに。母が煮た黒豆です。
それからこれが、おでん達に。」
洋介の指先には「商売繁盛」のお守り

初詣で買ってきたんです。
なんか、牧さんに渡すより、おでん達に
渡してあげるほうがしっくりくるかなぁ・・・なんて。

「違いないね。」と片目をつぶる牧さん。

あまりにもシュールな会話に
二人は噴き出した。

「あっはっはっはっはっはっは あぁ 可笑しい。」

その場で黒豆をつまんだ牧村は
「いやぁ。美味しいねぇ。家庭の味が存分に出てる。」
と褒めた。
「母に伝えておきますよ。」

お守りをぶら下げた牧村は
おでん鍋の上で 揺ら揺らさせて。

「ほら皆、今年も商売繁盛がんばろう。」と士気を煽った。

「おぉ~!」とこぶしを高らかに掲げるおでん達。

洋介は終始笑っている。

厚揚げが牧村に向かって ウィンクした。

(ほら、ね)

「ところで牧さん、この間さ、僕のプライベート言い当てたとき
お告げがある、って言ってたじゃない?あれってどういう意味?」

「あぁ、あれね。何度も言うように、俺は教祖じゃないよ。」
少しかぶりを振った、牧さんは
小皿に厚揚げを乗せた。

「おでん種の中に、予言者がいるんだ。」

「厚揚げが??」

「そう。」こっくり頷く、牧さん。

「そう、あたし、どういう訳か分かっちゃうのよ。そういうの。
坊やが初めて来た時、ほとんど見えちゃった。」

「・・・・・すごい。」
厚揚げに予言されていた、自分にちょっと驚きを感じた。

「厚揚げに、もっとずっと早く出会ってたかったな。」

「そうねぇ。でも、たぶん、今だからいいんじゃない?」

「・・・・・・・・。そうかな。そうだよね。」

さぁ
と手のひらを擦り合わせる、牧さんは
注文待ちの顔になったが

当の洋介は、喋るおでん達を食べる気に
どうしてもなれない。

それを察して牧さんは
「やっぱり?」と小首をかしげる

「うん。無理だよ。」と洋介。

ボールは意味を図りかねているらしく
昆布の肩や、はんぺんの角を掴んで
「何?何? なんで?なんで?」と
可愛らしい声を出していた。

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