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アクアリウム2

生徒に媚びるような笑顔をたたえた講師の
恭しい挨拶で、教室の空気が一変した。
生徒達は教科書を開き「臨戦体制」になっている。

代数幾何
数学のくせに、四文字熟語の偉そうな教科書が
威圧的だ。もっとも数学は得意な方だから
名前なんて、関係ないけど。

数字よりも圧倒的に、アルファベットの方が多い数式を
講師がカツカツとリズミカルに板書している。
それを目で追いながら、ノートに書き写して
目の前の問題を解く
教えられる側のプロとしては、もうルーティーンワークと言って良い
毎日の作業だ。 高度な問題に差しかかると
計算用紙は白から黒の幾何学模様へ、変容して
僕の脳回路もだんだんと停滞気味になっていく。
いらだち紛れに
横目で、力亜の様子を伺うと

ニヤニヤしながら計算用紙に、オリジナルのキャラクターを書いていた。
全体的に、まん丸い形の奇妙なキャラクターだ。
「好きで生まれたわけじゃないやい!」という吹き出し付き。

「なんだよそれ?」僕は小声で尋ねると

「ん?これね、アンパンマンとドキンちゃんの間にできた子供
『ドキパンマン』 これってさ最も倫理的に
不潔なプロセスで生まれたって感じしない?あはははは。」

聞くまでもないが一応聞いてみた
「問2は解けた?」

「ん。」
力亜は、無造作に解答用紙を僕の机に差し出す
美しい解法式と、論理的に揺るぎない解答がそこに記されていた。

「なぁ、みんな地球に優しくないんだよね。」
力亜は、周りをくるりと見渡して言った。

「何がだよ?」予備校の数学の授業で、エコロジーを語るつもりなのか?

「シャープペンを無駄な思考に費やして、紙と炭素を無駄にしてるんだよ。
どうして最短距離で答えにたどり着けないのか不思議でしょうがない。
無駄なエネルギーを使ってるとしか思えないよ。
渋滞が好きな都会人みたいだ。」

「そう言う力亜の、ドキパンマンの方がもっと無駄のような気がするけど。」

「裕ちゃん甘いよ。俺は暗算で解いてるんだ。紙は使わないの
これは効率の良いプロセスが生産した、非常に価値のある
時間てやつの賜物なんだ。哲学と芸術は最も贅沢品
なんだ。それを手にできるのは、無駄を省いた者のみなんだよ。」
片目をつぶる力亜。

「はぁ。何しに予備校なんか来てるの?」

「決まってるじゃん。裕ちゃんに会えるから。」
まったくどうしてそんな可愛らしい笑顔ができるんだよ。
ちょっと、見とれてしまったら

隙をついて、問3の解法式と解答を僕の教科書に書いていた。

「なあ、裕ちゃん」

「どうしました?博士。」

「ドキパンマンの必殺技考えてよ。」


力亜は子供だか大人だか良く分からない。
もっとも僕はといえば、分かろうとも思っていないけど。
彼を最も優しい言葉で表現するのであれば

変人

である。 それで 悔しいかな

天才

でもあるんだ。

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