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おでん屋奇譚8

「今日バイト代が入ったんですよ!」とちょっと自慢げに
財布を出すと洋介は勘定した。

「大学生の癖におでん屋の屋台で一杯飲むなんて
変わってるよなあ。」

「おでん屋の癖に、神様が降りちゃってる牧さんの方が
ずっと変わってると思うけど。」

共犯者めいた笑いを残して、二人は別れた。

帰りの足取りは 少しおぼつかなかったけど
牧さんに会う前より しっかり前進している自分が
嬉しくもくすぐったく感じた。

それから洋介は
バイトの上がり時間が比較的早い
平日。週に3日は牧さんの店に通った。

そして

そんなある日

牧さんが妙なことを言い出す
「洋介もすっかり常連さんだなあ。」

「おでん教の信者だからね。」

「だから俺は教祖じゃないってば!」右手を上げるそぶり

「どれっ」と牧さんは屈んだ。 何をしているんだろう?

「スペシャルメニュー食べてみる?」

「ええっ!何々それ!」
ただでさえカツオ出汁が効いていて、吃驚するほど旨いおでんだ
スペシャルというからには、さぞ絶品なんだろう。

「これだよ。」牧さんのさい箸の先を見ると
そこには巾着が。

「これって、餅巾着?」

「そうそう。これがスペシャルなんだ。」

「そう言えば普段はないメニューだけど。どこが特別なの?」

「つべこべ言わずに食べろよ!」
「あ。その前にもうちょっとだけ待って。」

牧さんは常に最高の状態で、おでんを提供したいらしく
スペシャルをお預けした。
「ちゃんと出汁を吸ってからね。」
なんだかちぐはぐの言動にちょっと笑ってしまった。
口がさみしいので、ゴボウ巻きを頬張る。

甘く柔らかい練物の香りと
カツオ出汁が実に美味しい。
ゴボウの食感のコントラストも絶妙だ。いやあさすがプロ。
関心をしながら 牧さんを見ると

真剣な表情で餅巾着と対峙している
(その情熱がスペシャルなのかな?)
ボーっと考えていると

やがて 小皿が目の前に
湯気だった巾着が鎮座していた。

小皿に乗せられたスペシャルメニューとやらを
しげしげと眺めてみたものの
どの辺が普段と違うのか分からない。

大きなクエスチョンマークをひねり出しながら
牧さんを見てみると、難しい手品を成功させたような
表情で、にっこりしている。

「では。」頂きますの意味で合掌して
餅巾着を口に運んでみた。

「う・・・ん。」美味しい出汁の味にはいつも驚嘆させられる
確かに、美味しい。
だが。それだけなのだ。素敵に美味しい餅巾着。
それだけなのだ。

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