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おでん屋奇譚9

「どう?」牧さんは相変わらず得意げ
「おいしいよ。凄く。でもいつもの美味しさだよ。
スペシャルなのは牧さんの情熱なのかな?」

「それもあるよ。」さい箸を動かし始めた。

風が木の葉を運んできた
冬の空気はきっと鋭利な刃物で
木の葉など細かく切り刻んでしまうのだろう。
カサカサとつつましい音を立てて
背後を通り過ぎた行った。

救急車のサイレン
携帯電話で話す人
それを寂しいたたずまいでやり過ごす電話ボックス
テレビ塔の赤い点滅
寒さはすべてを浮彫りにする。

繭のような湯気と
緩い波のような酔いで
外側の寂しさから守られているような気がする
それに初めての友達が
やっぱり
ニッコリしている。

洋介は重くなり始めた、まぶたを
意識して開けた。

「・・・・・・・・・・あれ?」

「どうした?」

「・・・・あれ?あのさ、この辺でお祭りやってる?」

「いや、なんでこんな年末に。 どうして?」

「いや、なんか人の声が聞こえるんだよ。向うの通りかな。
結構沢山いるみたいだけど。」

牧さんは意味ありげに、目を落とした。

「牧さんは聞こえないの?結構騒がしいけど。」
だんだんと声がはっきり大きく聞こえるようになってきた。

「ね?ね?ほらやっぱり、聞こえるよ?」
通りを見渡してみたが、風が通り過ぎているだけだった。

牧さんはゆっくり顔を上げると
「聞こえているよ。それもすぐ傍に。」

相変わらず、せわしなく首を左右に振っている洋介の
頭を、おたまの柄でコツンとたたいた
「ほら。」

牧さんの目線の先をたどった、洋介は
口の閉め方を 忘れるほど 驚いた。

話し声の正体は


おでん達だった。

ともすれば洋介は、呼吸も忘れそうだった。

「・・・・・・・・・えええ。」

無理もないなあとちょっと息を吐いて
牧さんが笑う。

「洋介・・・・ほらヨースケ!」
彼の目の前で手を叩く。
目をパチクリして我に帰った。

「これって・・・え? えぇ! おでんがおでんが喋ってる。
何これ牧さん? 夢かな? いや違う。
何これ? CG? エスエフエックス?」

「なんだよもうるさいなあー 夢でもエス何とかでもねえよぅ」
最初に口火を切ったのは、がんもどきだった。

牧さんは愉快そうに頷くと
「そういうことなんだ。」

「洋介現実としてこんなん受け入れられないだろうなあ
でも現に俺らは、こうやって喋ってる。あっはっはあ
おでんにも魂があるんだよ?だから真剣に食えよっ。」
がんもどきが見上げながら。洋介を指さした。

随分偉そうだなあ。「もどき」のくせに。
まだ頭がボーっとする。

「じゃ、説明しようか?」
牧さんが手を擦り合わせた。いつかみたいに。

「洋介、ここに来るのって何度目だっけ?」

「えっと、憶えてないけど。10回も来ていないと思う。」

グツグツと煮えるおでんに混じって
おでん達の声が絶え間ない。
それを囲うようにして、牧さんと洋介が
話し始める。洋介の方は目をパチクリさせたり
湯気でちょっと曇ったメガネをティッシュで拭いたりして
何とか落ち着きを取り戻そうとしている。

「その間にな、ここにあるすべてのメニューを食べたんだよ。」

「そっかあ自分でも憶えてなかったよ。」

「うん。今日食べた餅巾着を除いて全部。」

「いつもは、入ってないもんね巾着。」

「ワザと入れてないんだよ。」

「ワザとって?」

「うん。俺も初め驚いた。実に奇妙なんだけど
そんな気がしていたこともあるんだ。」

「わからないなあ、牧さん。」

「うん。全部食べるとね、おでんの声が聞こえるようになっちゃうんだ。」

「うっはあ。もう、魔法なのかな。僕お酒のせいかと思ったけど
もうすっかり覚めちゃってるし。」

「お客さん吃驚しちゃうし。おでんと会話できるようになったら
食べられないでしょ?」さい橋ではんぺんをつつくと

はんぺんは笑いながら「イテテ、もうよしておくれ」

「な?これじゃお客さん来なくなっちゃうだろ?子供が食いっぱぐれちゃうよ」

「牧さんお子さんいたんですね。」

「うん。いるよこんな俺でも子供くらい。」と右手の指を三本立てた。

「そっかあ。牧さんみたいなお父さんいいなあ。」遠い目の洋介。

「もう何でもいいやあ。とにかく牧さんは魔法使いだ。」

理系学生のくせに。強引な納得のし方をした。
そうでないと、いけない気がした。
なんだっていいんだ。だって友達同士だから。

牧さんは初めて、聞こえる声で
おでんと喋っていた。

帰り道の洋介は、不思議さを引きずりながら
首をかしげたり。やっぱり夢なのかなと笑ったり
これ以上ない複雑な顔で歩いていた。

布団の中で気づく
「牧さんて、会うたびに謎が増えるな。」

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