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おでん屋奇譚6

「大将ってさ、昔悪かったでしょ?」

「へ?」

「いやいや、いいんだよ。分かっちゃうんだよそういうの、俺。」

「だってさ、左手にいいブレスレットしてるじゃあないの。
それってさ、言っちゃ悪いけど、おでん屋の親父にしては
派手じゃない?」

「そうですかね?お客さんのネクタイも
なかなかのもんだと思いますけどね。」

ベルサーチのネクタイの結び目を
ちょっと摘まんで「分かる?」と片目をつむった
紳士はなおも続けた。

「あれでしょ?昔、ヤクザ屋さんやっててさ
兄貴の情婦かなんかを寝取っちゃったりしてさ
破門になったとか?」

「ヤクの売上くすねちゃったとか?」

いやあと小首を傾げて、牧村はあいまいに笑った。

「図星でしょ?大将図星!ねえ俺分かっちゃうんだよ うんうん」

「お客さん、飲みすぎですよ。それに週刊誌の読みすぎですよ。あはは。」

「いやあ。あははは。大将じゃなくて組長って呼んでいい?」

「止めてくださいよぅ。」

「いや、悪い悪い。今日はこの辺で、おいとまするよ。
ご馳走様。」財布を出しながら紳士は立ち上がる。

「じゃあね。組長!」いたずらっぽく片目をつぶると
紳士は帰って行った。コートの襟を立て直して。

「どうもありがとうございます!若頭。」

牧村は左手首を軽く降ると
コップと食器を片づけて
「あの人、ちょっと寂しいんだろうね。
奥さんと別れそうなのか。」

などとおでん種の湯気にまみれながら
呟いた。

凛として静かなアスファルトの空気を乱す
スニーカーの音。暖簾越しに見えた足。

「洋介だね?」

暖簾を手で分ける前に、声を掛けられた
洋介はハッとした。

「ご無沙汰してます。先日はご迷惑をおかけいたしました。」
暖簾を分けて、一言ぺコリと頭を下げる。

「随分とまあ、ビジネスライクな挨拶じゃないか
ここはおでん屋だよ?あっはっはっは」

「あっはっはっは そうでしたね。牧さん、元気でした?」

「そうそうそれでいいんだよ。座りな。」

「もう足の具合はいいのかい?」
頼まないのに、日本酒を差し出す手付き

「はい。」と会釈をしながら受け取って
ひと口つけると

「もうすっかり。」と耳の裏を掻いた。

それから二人は、おでんの入った長方形のテーブルを挟みながら

様々な話を始めた。

酔いも回ってきた洋介が

「牧さんてさ、秘密警察でプロファイリングのプロだったりして?」
どうしようもない、駄洒落に
洋介はカラカラと笑う。

「もしくは昔スゴ腕の占い師だったとか?」

「今日はやけに、昔を詮索されるな・・・・。」

「ん?なあに?」

「いやいやこっちの話。俺はね別に占い師でもなく、プロ何とかでもないよ。」

「じゃ、なんでさこの間、僕のプライベートじゃんじゃん当てちゃったわけ?」
チクワブを頬張りながら洋介は
姿勢を崩した。

「それも、彼女がいないとか、理系の大学だとかさあ。」
ふくれっつらの洋介は
湯気のせいでちょっとメガネが曇って
何となく愛らしい。

「だから何となくさ、注文の仕方で分かっただけだって。
あの時もそう言ったはずだよ?」

「うむむぅ。解せません。」

しばらくの沈黙
埋めるように 牧さんは
バンダナの頭を掻いた

「本当はね。」

「ホントは??」言い終えぬうちに洋介が身を乗り出す。

「お告げがあるんだ。」

「ぷっ・・・・あっはっはっはっはっは!」

「ま、真面目な顔して、そんなこと言わないでくださいよ。
牧さんて、神の啓示を受けてるんですか?教祖様ですか?」

牧さんは箸でおでん種を返しながら
ちょっと笑って

そして

ちょっと真面目に

「おでん教のね。」と言った。

洋介はメガネを外して
目をこすると やっと笑うのを
落ち着けて 合掌した。

「ありがたや、ありがたや。」

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