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アクアリウム22

いつものようにラウンジで、バームクーヘンを頬張りながら
力亜を待っていると、知香子が僕に気づいたらしく
手を振って近づいてきた。
黒いカットソーの胸元から覗く、淡いピンクが
なんともセクシーだ。相変わらずここの空気と馴染まない
孤高の花だ。

牛乳を一口飲んで会話に備えると同時に
知香子が僕の隣に座った。

「あぁお腹すいたぁ。」ふわりと漂うシャンプーの匂い
男なら誰だって、食事を奢ってしまうだろう。

「バームクーヘンは売り切れだよ。僕のお腹の中。」

「なーんだ。あれぇ梶君、ちょっと垢抜けてきたじゃない?」

「そうかなぁ。」

「だってさ、いつもなら私とあんまり目を合わせてくれないし
そんな気の利いたセリフ、言ってくれなかったもん。」
こんな風にいつだって思わせぶりな、言い回しの彼女。
さすが魔性の女だ。

「力亜見なかった?」

「ううん。あの嫌味な坊主をまだ見ていないだけ
今日はちょっとましかもね。占い当たってるかも。」

「さそり座でしょ?」

「よく言われるんだけどさ、それ。漫画みたいにビンゴなのよねぇ。
癪だわ。私、さそり座なのよ。」

「あははははは。ぴったりだよ。」

「このぅ。」魅力的な目尻の曲線を見せながら
知香子は僕の肩を小突いた。

「とりゃ」
知香子のつむじに、手刀が下された。

「時速60キロのオナゴよ、よく聞きなさい。
そんな風に裕ちゃんと戯れてると、裕ちゃんは周りの
チンチクリンな男どもに、嫉妬の炎で燃やされてしまう。
俺の裕ちゃんに放火しないでくれたまえ。」

黒尽くめの格好に牧師のような表情をした力亜が
知香子の背後に立っていた。

「何よ?時速60キロって。」

「わが主の名において、それは説明できない。
アキャンタビリティは永遠に放棄する所存だ。」

僕はクスリと笑った。

「あーぁ。西上の顔見たら、さそり座絶好調に翳りが見え始めたわ。」

今度は知香子と目を合わせて、ほほ笑んだ。

「梶君笑うと、可愛い。」

「かどわかされるな、裕ちゃん。」

「西上は黙ってなさいよ。本当にいつも訳わかんないことばっかり
言ってるんだから。」

「まぁまぁ。」天才と魔性を宥めるなんて経験は
そうそうないだろう。

グッチのトートバックから流れる
携帯電話のバイブ音を潮に
知香子は「ごめんね。」と中座した。
付き合っている何人かの男のうちの一人からだとは
容易に察することはできる。

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