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おでん屋奇譚13

洋介は黒豆をつまみに
日本酒を飲み始め、温かくなってきた。

おでん鍋を眺めていると
頬が緩んでくる。

きっと、牧さんがいつも笑っているのは
おでん達のせいなんだなと いまさら気づいたように
ぼんやりと考えていた。

暖簾が内側に揺れる
初仕事を終えてきた、男女のサラリーマンが
洋介の横に座った。

「牧さん、あけましておめでとー」
どうやら女性の方が、常連らしい。

あ、どうもすいません。
席を少しだけ移動した、洋介に
一文字を切った男性は、恐縮しながら座る。

「えっと、アタシは熱燗と大根とこんにゃくと
ボール三つ!」

「僕は、はんぺんと玉子と白滝ね。飲み物はウーロン茶。」

「はいよぅ。」
小気味よい動きで、小皿に取り分ける牧さん。

そして、取り分けられた、おでんはというと
ボールの三人が、飛び跳ねてはしゃいでいる
大根は、じゃあねと手を振っている

皆これ以上ない上機嫌だ。
心から嬉しそう。

女性が言う
「あぁぁ。美味しい。やっぱりここは出汁の味が
繊細ねぇ。アタシ地味だけどボールが好きなの。」

男性は「うわ。ホントだ。真由美さんについて来てよかった。
新年会の料理なんかより、ずっといいや。
はんぺん最高!」

牧村よりも 洋介のほうが喜んでいる。

「ですよね?美味しいですよね?
もっともっと おでん達を誉めてあげてくださいよ!」

カップルは顔を見合わせて
笑う
「あはは、おでん達って! おでん達って!
君、酔ってるの?」

はっとした 洋介。
「あぁ、そうです。めいっぱい酔っちゃってますよ
おでん達にメロメロなんです。」とジョークでやり過ごす。


終始和やかな雰囲気の
「初おでん」だった。


初売りの雰囲気を
遠慮がちに醸し出す閑静な、高級住宅地
水島三郎は場違いな気分を反芻しながらも
キョロキョロしながら、歩いている。

彼は新しいパンのアイディアを得るため
この綺麗な街にやってきた。
そう、ここは隠れ家的なケーキ屋と
パン屋のメッカなのだ。

小洒落た店を一軒一軒覗いては
お勧めのケーキや
パンを買っていく。
水島は普段表情の少ない性質だが
この時ばかりは、クロ達にパンを食べさせる時のような
顔をチラリと覗かせている。

配色の整ったフルーツタルト
燃えるような赤のイチゴムース
直線的で潔いオペラ
芳しいクロワッサン
デニッシュと食パンの中庸を行く、珍しいパン
子供が喜びそうな、クリームパン

両手の荷物がいっぱいになったところで
専用のクーラーボックスにケーキ
日当たりを考慮した場所に、パンを積んで
ステアリングを握った。

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