アクアリウム28
揺れる尻尾を3本も見ていると、心が和む。
「ニィニィニィ。」陽気な黒い子猫達は、体を寄せ合って
冷える夜の中、足元ではしゃいでいた。
牧村は目を細め、今日も出汁の調整に余念がない。
「皆、美味しいって言って貰えるようにしてあげるからな。」
おでん鍋に声をかけると
「牧さんに味付けしてもらって、ホンマにワシらは幸せや、なぁみんな。」
とたこの長老が、しみじみと言った。
皆一様に頷いている。
立ち上る湯気に、温度を感じながら
牧村は今日も客待ちをしている。
最近、一つだけ習慣ができた。
スズカケの木の下を気にするようになったのだ。
厚揚げが「読めない。」と言った娘が、妙に気がかりで
何かのタイミングで何気なく、振り返ることが多くなった。
若い女が、いつ来るかどうか厚揚げも、やはり読めない。
「今日はまだ来ていないね。」それとなく厚揚げに言うと
「そうねぇ。私スランプなのかしら?」とため息交じりに言った。
「いや、それは違う。世の中には自分の常識で括れない
ことの方が多いんだよ。中には読めない人だっているよ。」
牧村は厚揚げに出汁をかけた。
「牧さんて、私よりよっぽど予言者っぽいじゃない。」
「あはは。俺はただのおでん親父さ。」
ボールがキョトンとして可愛い声で言った。
「牧さんて、タダなの?ボクはいくらだっけ?」
おでん達は声をあげて笑った。
牧村の笑顔が、突然真顔になったのは
不穏な音が聞こえたからだ。鈍い大きな音だった。
大型書店を挟んだ向こう側の通りで、事故かもしれない。
(なんだろう?事故か?誰も怪我していないといいが。)
しばらく経っても、人が慌てる音や
救急車の音が聞こえなかったので
牧村は少し、ほっとした。気のせいかな。
黒い子猫達が、また騒ぎ出した。
牧村の足の間を8の字に、グルグルと回りだす。
どうやらお腹が空いているらしい。
屋台の柱に吊るしてあった、青いパン屋の袋を取ると
その中から、バターの薫るロールパンを千切って
分け与えた。嬉しそうな声をあげて、三匹はハグハグと
食べている。
このパンは最近見つけた、子猫達お気に入りのパン屋の物だ。
天然酵母というのを使っていて、体に優しいらしい。
よいしょ。
腰を摩りながら、立ち上がる。
「あぁ。今日はお客さんまだ来ないなぁ。」独りごちて
振り返った。
すると
いつもと違う人間が、スズカケの木の下で
しゃがんでいるではないか。
今度は男のようだ。若い男が、あの娘と同じような姿勢で
何かをしている。
牧村はますます、興味が湧いたので
近づいて、声をかけようと歩き出した。
よく見ると、男の横に何かが落ちている。なんだろう?
青い袋・・・・パン屋の袋だ。