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アクアリウム17

僕は少し離れて、色彩豊かな水槽を眺めるのが好きだ。
全体像を捉えて、どちらかというと魚の動きを楽しむ。
原色の赤 青 黄 が右へ左へと流れている。
水底ではサンゴや海草類が揺らめき
その上で半透明のエビが、振り落とされまいとつかまっている。

肩の力が抜けてきた。ふと、受験や将来への不安が
青の中に溶けてしまいそうな気がしてきた。

アクリルに顔を付け合っていたカップル達が移動したので
僕は水槽へ近づくことにした。
お気に入りのアケボノハゼが、少し進んでは止まり
また進んでは止まる泳ぎ方をしている。
止まるたびに美しい朱色の背びれをピンと立てている。
己の通った道をいちいち振り返っているようで可愛らしい。

水底ではホウボウが優雅に歩いている。
きっと彼も、同じように何か思索に耽っているに違いない。
胸ビレがいつ見ても綺麗だ。

不意に、無邪気な笑い声が聞こえてきたので
声のする方向を向くと、母親に抱かれた赤ちゃんが
もみじまんじゅうみたいな手で、アクリルをペチペチと叩いている。
陽気なハリセンボンが、赤ちゃんをあやすように
その周りをクルクルと泳いでいた。赤ちゃんは最高級の
笑い声を上げている。

(憎めない奴だなあ。)

こちらも笑顔になると、気配に気づいたのか
母親が僕をちらりと見たので、笑顔のまま会釈をした。

アケボノハゼ、ホウボウ、ハリセンボン
頭の中で呟くと、優しい祖母の声と重なる
みぞおちに溜まった澱が溶解してゆくようだ。

アケボノハゼ、ホウボウ、ハリセンボン
アケボノハゼ・・・・。

無音、無臭、青の世界のもっと深いところへ行きたい。

この水族館の呼び物といえば、最後のゾーンで
剛健に備え付けてある白イルカの水槽だ。
しかしながら、僕が一番気に入っているのは、白イルカではない。
研究目的も担ってあるだろう、マグロの回遊を間近で見られる
ドーナツ型の水槽だ。
上から見ると、巨大なドーナツ型をしたその穴の部分に
人が入ると、360°その周りをマグロの魚群が回遊する。
壮大な眺めは圧巻である。

自分の身長ほどもあるマグロが、間近をグルグルと何周もする様は
すごい迫力だ。

マグロは、銀色に光りながら迷いのない直線で泳ぎ
すごいスピードで通り過ぎる。
その魚影は、魚というより金属でできたミサイルのようだ。

彼らは大きな目の角度を時々変えながら
回転する風景を どう見ているのだろう?

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