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アクアリウム30

「偉い!」
声が聞こえたので振り返った。すると
頭にバンダナを巻いた、おじさんが僕を見下ろして
感心した様に、腕を組んでいた。

「偉いよ、兄ちゃん。お墓の犬は、兄ちゃんの犬かい?」
どうやら悪い人ではなさそうだ。

「いえ、違います。さっき大通りでスクーターに轢かれてしまったみたいで。」

「あぁ、そうだったのかい。可哀想に。それで、お墓作ってあげた
ってことかい。」本当に残念な顔をしている。

「そんなに大層なことじゃないですけど。」

「だって、こんなに立派な墓標があるじゃないか。」とおじさんが
顎でスズカケの木を差した。
見上げてみると本当に立派だ。これなら子犬をいつまでも
守ってくれそうだ。

「俺は牧村って言うんだ。この辺じゃ牧さんて呼ばれてる。」

「僕は、梶です。梶裕一です。」

「お、裕一かぁ。いい名前だ。どうだい。あっちにおしぼりあるから
手を拭きなよ。」牧村と名乗るおじさんの親指の先を見ると
湯気の立つ屋台が見えた。

「屋台の人なんですか?」

「そそ。ウェルカムトゥマイショップ。」牧さんは手を擦り始めた。

屋台には左から右に流れそうな 字体で「おでん」と書いてある。
どうやら牧さんは、おでん屋台のご主人らしい。

「ほら、座りなよ。はい、おしぼり。」

「失礼します。」 温かい湯気にほっとした。

牧村は思った、裕一と名乗ったこの子は
10数年前に出会った学生に似ている。
同じように、何か悩みを抱えているようだった。

「何か食べるかい?折角だから、奢るよ。」

「いいんですか?」

「あぁ。犬を埋葬するなんて、裕一は人間ができてる。
今夜は精進落としだよ。」

「おでんの精進落としなんて、聞いたことないですけどね。」
やっと笑った裕一の顔に、牧村は少しほっとした。

「じゃ、大根とはんぺんと玉子ください。」

「お、いいねぇ。若いねぇ。はいよう。」

おでん種の三人は、すごく嬉しそうに皿に盛られた。
裕一は大根を箸で半分に割り、大きな口で頬張る
なんとも芳しい出汁の香りが鼻に抜け、何とも言われぬ美味さに
驚いた。

「お・・・美味しい。」自然と言葉が出る。
牧村はニコニコして、うなずいた。

「ところで裕一。あのスズカケの木の下にね、よく来る女の子が
いるんだけど、その子と何か関係があるのかい?」

「は?いえ。何も知らないですけど。」

「そうかい。知り合いだと思っていたんだけどなぁ。」

「その女の子って、どんな感じの人なんですか?」

「それがね、女の子にも見えるし、大人にも見えるんだけど
とにかく、すごく綺麗な人なんだ。」

「え?すごく綺麗って…。」

「髪の毛はこの位で、スマートな子だよ。」牧さんは
胸のあたりに手を当てながら、言った。

(ま、まさか…。)

その時、厚揚げがそっと声を上げた。
「牧さん、牧さん、この子あの女の子を知っているわ。
やっぱり関係があったわよ。惚れてるみたい。
この子は面白い様に簡単に読めるわ。」

「その顔は、やっぱり知っているんじゃないのか?」
牧村は動揺したような裕一の顔を、おたまで指しながら言った。

「いえ、もしかしたら、知ってるかもっていう程度ですけど。」

「またここに来れば、そのうち会えると思うんだが。」

裕一は牧さんにそう言われる前に、もう決めていた。
ここに通って確かめよう。

「やれやれ、なんだか因果なものね。」と厚揚げがつぶやいたので

「全くだ。」と牧村はウィンクした

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