![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/27575220/rectangle_large_type_2_5ff27cc62c8fd48aa8cf998adc571280.jpg?width=1200)
アクアリウム13
こんなに笑ったのは久しぶりだ。
使わなかった顔の筋肉を感じて、ほっぺをほぐした。
腹筋が痛い。左を見ると、力亜が音楽のリズムに合わせて
いやらしい手つきをまだ繰り返していた。
信号待ちの老人が、いぶかしげな顔でアウディを目で追ったが
もう僕は気にならなかった。
窓を閉め、音楽のボリュームを下げて一息ついた。
笑いの余韻に浸りながら、力亜は
「いい顔で笑うじゃん。」と照れ臭いことを言ってきたので
窓に顔を向けながら「力亜が無駄な方向に頭を使うからだよ。」
「いや、無駄なんかじゃない。俺は無駄なことは一切しない主義なんだ。」
とハンドルを二回叩く。
再びウィンドウを、少しだけあけると
心地の良い風が入ってくる。秋の匂いが満ちてきた。
やがて風と音楽が交差する。
「この状況でモーツァルトか。」と笑いながら呟くと
「ぴったりだろ?」と力亜がウィンカーを出した。
「アマデウスの楽譜なんか見てるとさ、あいつ、割と楽天家なんだなって
思えるよ。実際そうだったけどね。 本当に多いんだよ休符が。
ハイ演ってぇ ハイ休んでぇ ハイ頑張ってぇ やっぱ休んでぇ
みたいな感じでさ。遊びが好きなんだなぁ。」
「そんなもんなのかなぁ?」
「そうだよ。あいつの気持ち分かるもん。ベートーベンなんて酷いよ。
あいつの楽譜はこれっぽっちも、休ませてくれないんだ。
根暗で、真面目過ぎなんだよ。アーリア人の固い部分の
エッセンス純粋培養だよ。アマデウスみたいな天才は
遊んでるくらいが丁度いいんだ。」
「力亜が言うと、ものすごい説得力。」
「あははははは。ありがたき幸せ。」
何か目的があるような、車の走り方に
予想を立てようとするも、予期した目的地の
可能性が高まるほど、力亜に自分が見透かされているような気がして。
悔しいやら。ちょっと 恐ろしい気分になるやらだった。
「裕ちゃん。熱力学第二法則よりも強固な真実を告げようか?」
「熱力学第二法則って。あぁエントロピーの法則か。」
「そう。宇宙の大原則。『エントロピーは増大する。故に我々に死きたり』
ってね。」
「後半は力亜が作ったでしょ?」
「ばれた?」芝居がかった表情で舌を出した。
「で、その壊すことのできない強固な真実とやらって何?」
「俺、免許持ってない。」
「えっ!?持ってないの?」
「イグザクトリー・サー」
「馬鹿!なんでそんな大事なこと今言うの?」
「今だから意味があるんじゃないか。だいたいね、免許持ってる人間は
国が太鼓判を押した人達だよ。この人なら、道路を運転しても大丈夫ってさ
でも、免許持ってるいわゆる運転のプロ達が
毎日のように事故起こしてるじゃん。国に見る目がないんだよ。
俺は免許持っていない。ということは運転の素人だよ?
プロじゃないんだ。アマチュアなんだ。
だから事故を起こしても攻められるべきではないんだよ。
分かる?裕ちゃん。
素人だからしょうがないって、おおらかに笑ってくれなくちゃ」
「屁理屈もそこまでいくと、国宝級だと思う。問題点のすり替えも
職人技だよ。」
「いやはや、ありがたき幸せ。」
スムースなブレーキワークで、心地よくアウディは停車した。
「ハイ到着。」ニコニコ顔の無免許ドライバーが肩を叩いた。
水族館正門前
「やっぱり・・・ なんで分かったんだよ?」
完全に見透かされたことに、恥ずかしさと悔しさをにじませて呟いた。