気晴らしに「カチカチ山」に遊ぶ
ゴールデンウィークの混雑を避けたつもりで、気晴らし、足馴らしに河口湖畔の天上山へ出かけた。ところが、豈図らんや河口湖行きの特急はほとんど訪日外国人と見える乗客が通路まで埋めるほどの混雑ぶり。天上山のハイキングコースを行き交うのも外国人が多かった。それにしても、晴れた日の富士山の眺望はまた格別である。
天上山は別名カチカチ山と呼ばれる。なるほど富士見台の展望台広場にはたぬき茶屋があり、ウサギとタヌキのオブジェが鎮座するといった塩梅。「天上山=カチカチ山」説はどうして生まれたのか。駅傍の説明板によると、太宰治の小説『お伽草紙』の「カチカチ山」の冒頭に、「これは甲州、富士五湖の一つの河口湖畔、いまの船津の裏山あたりで行われた事件であるという。」とあり、「この太宰の記述がこの説の根拠の一つ」と説明されている。言うなれば、天上山は大宰の「カチカチ山」にあやかったレジャーランドというところか。
コース途中のナカバ平展望広場には、富士山をバックにして、「カチカチ山」の一節「惚れたが悪いか」と刻まれた太宰治文学碑がある。裏面を覗くと、郷里を同じくする作家・長部日出雄の文が添えられていた。
《太宰治の名作『お伽草紙』のなかの一篇「カチカチ山」は、ここ河口湖町船津の天上山のあたりを舞台として書かれた。富士山と河口湖の景色を配して、有名な昔噺の兎を美少女、狸を中年男とする卓抜な性格設定で書かれた物語は、時とともに光彩を増す珠玉の作である。》
さすが簡にして要を得た碑陰に感嘆した。
天上山から三ツ峠山まで足をのばして、天下茶屋を再訪したいところだが、寄る年波には勝てない、しぶしぶハイキングコースを下った。御坂峠の天下茶屋に太宰の足跡を訪ねたのは、もうかれこれ7年ほど前になろうか。天下茶屋の2階にこもって仕事をする井伏鱒二を問うた太宰は、「井伏氏のお仕事の邪魔にならないようなら、隣室でも借りて、私も、しばらくそこで仙遊しようと思っていた。」と、『富嶽百景』に記している。また、ある晴れた日の午後、井伏鱒二と連れ立って三ツ峠山に登ったというから驚きである。