見出し画像

〈本と読者をつなぐ心〉の行脚録

久方ぶりに能勢仁さんにお目にかかり、ご著書『本と読者をつなぐ心』(遊友出版)をご恵贈いただいた。卒寿をこえてなお出版人として著作をものする熱力に敬服するばかりである。

まず《世界の書店》を訪ねて、30年間に58か国、700書店を行脚した脚力に圧倒される。心にとまったいくつかを点描すると、まずイギリス・ロンドンの老舗、巨艦書店のフォイルズ書店は、鹿島守之助に「こんな本屋を日本にも作りたい」と思わせた書店であり、実現したのが八重洲ブックセンターである(今は街区の再開発計画にともない閉店)。

世界的なブックフェアの町、ドイツ・フランクフルトの一番店ヒューゲンドゥーベルは、地階から3階まで吹き抜けになっていて、「店の中央をエスカレーターが走っているので、まるで空中散歩をしている気分である」と、顧客の心をとらえる売り場に感嘆している。

ポーランド・ワルシャワ大学正面入口にあるデ・ダラス書店では「HISTORIAN JAPON」が平台陳列されているのに感動。ポルトガル・リスボンのカルモ古書店街では、声をかけた店主の呼びかけで集まった7、8人に囲まれて、東京の出版事情や神保町古書街のことを語り交流を楽しんでいる。オーストラリア・メルボルンには、スポーツブックスという店名のスポーツ書専門店がある。社長自身も万能選手で、各種スポーツの委員としての活動に忙しい。

中南米カリブ海に浮かぶジャマイカへの遠路も厭わない。サングスター書店は書棚にノートを並べるように書籍を積み上げる、その文具屋のような面白い陳列法に着目。また、南西太平洋のニュージーランドにも足を運ぶ。その南島の町クライストチャーチの喫茶書店を訪ねたが、その書店名がどこにも見当たらない。あちこち捜し回った著者は「ウィンドゥに貼られた紙片にスターバックスの文字を発見」、これが「アメリカ文化嫌いのイギリス人」かと感嘆する。

ネパール・カトマンズを代表する書店ピルグリムズ・ブックハウスは創業1984年の老舗である。「山岳書コーナーの充実はヒマラヤ登山に相応しい」と聞けば、いかなるものか覗いてみたい。あわせて、ヒマラヤ記念の写真集、エッセイ、画集などの出版を手がける専門書店ヴァジャ・ブックショップもはずせない。

さらにアジアでは、インド・デリの老舗チェーン店ジェインブックエージェンシーをはじめ、1999年に中国・北京に誕生した超弩級の書店、売場面積1万6000平米、本の種類19万種という北京図書大廈、安藤忠雄が手がけた「光的空間」とも呼ばれる上海の新華書店・愛琴海店、くらしの中の「衣食住行育楽」をテーマに陳列、上海の無印良品にオープンしたMUJI BOOKSから、さらにヴェトナム・ハノイの路上書店まで、世界を股にかけたフィールドワークには脱帽である。

その熱力の源泉は《私の履歴書》にあるのかも知れない。著者は江戸時代から続く千葉の老舗書店に生まれた。戦後、大学を出て5年ほど教職に就いた後、家業に戻った。昭和30年代前半に書協、雑協、取協、日書連の出版4団体がそろった。やがて日本経済の高度成長期を迎えて、出版業界も二桁成長の時代を経験する。その頃、書店営業に回っていると、脱サラして書店経営を始めたという店主に出会うことも珍しくなかった。

その奔流の真っ只中を老舗の大番頭として力泳する著者を、出版社の営業として初めて東金に訪ねたのは、昭和50年代に入り、業界もすでに一桁成長の安定期に入った頃だったろうか。ほどなくシンガポールまで出版洋上研修にご一緒したあの日あの時、谷島屋書店シンガポール店の訪問など忘れ難い。余談ながら、お土産に店長さんが市場で捜し求めてくれたカレー粉はさすがに美味かった。

その後、多田屋から書店の平安堂、出版社のアスキー、取次の大洋社と出版業界の川下から川中、川上まで歩んで、つねに著者の念頭にあったのは「書店の顧客=読者」の「顧客満足」であった。以下、《商人として》《顧客満足のために》《商売にとって顧客とは》とつづく。

さらに、《顧客にやさしい商売》の章に紹介される〈アメリカの書店にみる顧客満足〉は、1972年にNCR本社のMMCセミナーに参加し、ニューヨークで研修した書店では、「スクリブナーが輝いていた。荘重な店構えに風格と威厳を感じた」だけではない。「作家による定期的な講演会、サイン会、朗読会等の実施プログラムを見て、書店の存在感をこれほど強く感じたことはなかった。アメリカの書店の専門性をいやというほど見せられた」と回顧する。ちなみに、ヘミングウェイやトルーマン・カポーティなどが頻繁に姿を見せたという。羨ましい限りだが、著者は最盛期のチャールズ・スクリブナーズ書店(出版社)を目撃する幸運に恵まれたのである。

最後に《読書の名言》から一つだけ書き留めて締めくくりたい。

「本を読んだら読み放しにしないで、その本について何か書いておくことが、読書の感興を大きくする。(小泉信三)」

その実践がこの一文である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?