白虎野に立つ男

男は歩いた。あてもなく、ただ歩いた。
乾いた土地を。干上がっている。あたかもそこには、かつて大海が広がっていたかのように。
彼はすべてを失った、少なくとも彼はそう思っていた。

「(お前が描くそれは、あり得ない、ただの夢物語だ)」

男の頭の中でぐるぐるとその言葉が駆け回る。食べるとき、遊ぶとき、落ち込むとき、眠るとき、夢見るとき…いつだってそうだ。

彼がどれだけ歩いたか数えるのをやめてからさらに歩き続けると、先に何やら町のようなものが見えた。
男は疲れも忘れたその体を、前に、前へと押し進め、町に向かった。
そこは家が立ち並ぶという意味ではかつて暮らしていた町と同じであったが、あまりに多くの色がその家々を彩っているという点では違っていた。またさらに、町の地面がコンクリートではなくただひたすら草原であったという点でも、全く違っていた。

「ここは、一体なんなんだ」

男は町を歩く住民らしき人物に声をかけた。
「ここは、一体何なんだ?」
彼はこう応えた。

「ここがどこか?知っているはずだぞ?兄弟」

そう応えると彼は去って行った。
男は一瞬彼の言葉にたじろいだが、すぐに理解した。いや、思い出した。

「ああ、そうか。ここが私の”はじまりの地”だ」

そのとき、どこからか声が聞こえた。
『白虎野へ、ようこそ』







【あとがき】
初めての短編小説(?)。
最後のセリフからわかるように、平沢進の『白虎野の娘』から着想を得た物語です。
本来は歌詞をひとつづつ紐解いていく考察noteにするつもりだったけど、自分の言葉や認識能力で彼の歌を表現するのはあまりに難しいし、それは読む人の理解を狭める可能性もあるかもしれないってことで、抽象的な物語に集約することにしました。
読んでくださった方、ありがとうございます。


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