ゆうぽむ文学 第一作:依依恋恋
「歩夢。私の曲、私のすべてを詰め込んだ歩夢だけのための曲、どうかな?」
それを聞いた歩夢の顔はしずかに笑っていた。
某日。私は急いで〇〇病院に向かっていた。かすみちゃんからのあの連絡がなければ、私は歩夢ともう一生会うことはなかっただろう。
「侑先輩!」「歩夢先輩が大変です!」「今すぐお台場に戻ってきて下さい!」
大学で午後の講義を終え、友達と昼休憩をとっていた時、このメッセージがかすみちゃんから届いていた。私自身不穏な空気を一日中感じていたので、まさかとは思っていたが、大好きな歩夢のこととなるとさすがに心配した。
友達と別れ、私は大学をでてすぐさま新幹線に乗り東京・お台場の〇〇病院を目指した。
私の通う△△大学は千葉にある音楽科の大学だ。入学するまで知らなかったがその大学は数々の有名音楽家を輩出している名門音楽大学らしい。
東京に着くまであまり時間がかからなかった。
駅を出た私は無我夢中で走った。私の勘はよくあたる。その私の勘が赤信号を鳴らしている。歩夢に何があったのか。不安と恐怖でいっぱいになりながら走った。
「歩夢…お願い。無事でいて。」
そう心で願いながら、なんとか〇〇病院に着いた。
「すみません。上原歩夢さんの病室は何号室ですか。」
受付の人にそう問わねば面会をさせてくれないことに少し不満はあったが、聞かざるをえない。
「ええと、上原…歩夢さん…ああ、115号室ですね。」
115号室…3階か。
私は疲れた足を引きずりながら階段で3階を目指した。
扉を開けるとすでにかすみちゃんは部屋に来ていた。
「あ、かすみちゃん!歩夢、どうかしたn…」
かすみちゃんは手を前にして私の発言を制した。
「静かにしてください、侑先輩。歩夢先輩、今やっと落ちついて寝てるんですから。…詳しい話、外でやってもいいですか?」
泣いた後のような声でそう言ったかすみちゃんに私はよくない何かもやもやしたものを覚えたが、その意見に賛同することにした。
「単刀直入に言います。歩夢先輩…癌…らしいんですよ。それも…余命…あと一ヶ月しかないって。」
かすみちゃんから放たれたその言葉に私は生きる心地がしなかった。
「一ヶ月って…そんな、あまりにも少なすぎるよ…」
「一応、同好会のみんなには言ったんですよ。でもやっぱり急だったから、みんな気持ちの整理がしたいって言って、集まることができなかったんですよ。」
いまにも泣き出しそうな声でそう話すかすみちゃんを見て私はいたたまれない気持ちになった。
かすみちゃんとお話をした後、私は再度歩夢のいる病室へと向かった。
かすみちゃんもどう?と聞いてみたが気持ちの整理がしたい、とのこと。
私は静かに病室のドアを開く。既に歩夢は目を覚ましていた。
「…あ、侑ちゃん。」
ああ、いつもの歩夢だ。大学は別々になったからこうして面と向かって話すのは久しぶりだ。変わってないな、歩夢は。そんな歩夢がいなくなっちゃうのか、あと、一週間で。
気づいたころにはもう遅かった。大量の涙が私の頬を伝う。
「もう、侑ちゃんったら、涙でてるよ。ほら、こっちきて。拭いてあげる。」
何故歩夢はこうも昔からこんなに世話焼きなのだろうか。私は歩夢の胸に飛び込んだ。これまでため込んでいたものが溢れだしたのか嗚咽交じりに泣き出してしまった。
歩夢はそれをただただ優しくなだめるだけだった。
どれだけ時間が経っただろう。私が気づいたころには窓の外にはいくつもの星が輝いていた。寝てしまっていたのだろう。歩夢も目を閉じて寝ていた。目には少し涙が浮いていた。
私は決意した。この一ヶ月で歩夢の、歩夢のための、歩夢だけの最高の一曲を作るって。
その日から私は大学が終わったら歩夢の部屋に行くのが日課になった。
日に日に歩夢の病態が悪化していってるのは目に見えて分かった。
歩夢は優しいから、
「大丈夫だよ侑ちゃん。ちょっと風邪ひいただけだよ~」
なんて言ってるけど、あんなに苦しそうに咳しててどこが風邪なんだか…
私は最悪のことを見越して早めに完成させるために睡眠時間も削って曲を作り続けた。大学の単位なんて、今の私にはいらなかった。今の私に必要なのは、歩夢の笑顔。大好きな人の笑顔。それしかなかった。大学をさぼることもここ最近多くなった。だから、絶対に失敗できなかった。私は何度も何度も考え、作成し、手直しし、考え、を繰り返した。時には投げ出したくなるような壁にぶつかるときだってあった。でも、あきらめきれなかった。これまで歩夢に支えてもらった分、今度は私が支えてあげる番だって。
——―約半月後。
私の曲はあとここの手直しだけ、というところまできた。
あと少し、あと少しで、歩夢に聞かせられる。そう思うとときめきがとまらなかった。でも…胸騒ぎ。
携帯が鳴った。
かすみちゃんだ。電話に出た。最悪の事態だった。
「侑先輩!早…早く来て下さい!歩夢先輩が!」
泣きじゃくった声でそう訴えるかすみちゃん。医者の声も少し聞こえる。
まだ…まだ完成してないのに…
私は急いでコードを手直しして、○○病院へ向かった。
病室に入ったときにはもう歩夢は息をしていなかった。
癌が急変して一気に病態が進んだようだった。かすみちゃんは察して外に出てくれた。かなり疲労していたのでその休憩でかもしれない。
私は歩夢に語りかけた。
「歩夢、ごめん。間に合わなかった。曲、凝って作りすぎちゃった。」
「私さ、歩夢が大好きだからさ、歩夢には最高のものを届けたかったんだよね。」
自分でもわかった。話しているうちに声が震えてきているのがわかった。もっと話したかった。もっと遊びたかった。もっと笑い合いたかった。同好会の時のように、通学中の時みたいに、大好きな歩夢と、もっと関わりたかった。
「だからさ、聞いてほしいの。私の全力、私のすべて、歩夢のためだけの、最高の一曲を。」
私は作った曲を流した。曲名はまだ、決まってないけど。
なんで私が泣いてるんだろう。わかんなかった。
曲が終わった。病室内は一気に静寂に包まれた。
「歩夢。私の曲、私のすべてを詰め込んだ歩夢だけのための曲、どうかな?」
それを聞いた歩夢の顔はしずかに笑っていた。
「…そっか。ありかとう。歩夢。これまで一緒にいてくれて、ありがとう。さようなら。また会おう。」
私は歩夢のか弱い体を抱きしめて離さなかった。
X年後。私は晴れて△△大学を卒業した。私の大学には毎年卒業発表会というものがあって、私は何か一つ曲を発表しなくてはならなかった。
何を発表しようかと思った時、私の答えは一つに決まっていた。
大好きな人に向けたあの曲。あれを演奏することにした。
さあ、私の番がきた。私はステージの上に立ち会場を前にした。私の目線の先にある最上階の席に歩夢が座っている気がした。
見てて、歩夢。私今、最高にときめいてるよ。
曲名はこの日のために決めておいた。
依依恋恋。私はピアノの前に座り、演奏を始めた。
会場の外には、大きな虹がかかっていた。
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