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ドラムスティックにおける沈黙の春

ドラムの使用済みスティックについて考察してみよう。

スティックをどのくらいで廃棄するかはドラマーによってかなり違いがあると思われる。少しでも削れたら新品と取り替える人もいれば、割り箸かというくらいまで細くなるまで使う人もいよう。
私は後者のタイプで、まあ一言で理由を申し上げると、ケチだからである。

どんな楽器にも必ずランニングコストはつきものであるが、ドラムにおける代表的なランニングコストといえばやはりスティック購入費である。1ペア(2本)で平均1200円といったところであろうか。

少し専門的な話になるが、私はオープンリムショットという打法を人より多用する傾向にある。スネアドラムのヘッド(皮の打面)とリム(金属部の縁)を同時に叩く奏法で、ヘッドだけを叩くよりも甲高くパワフルな音を鳴らすことができる。
この奏法の弱点は、金属部分も叩くことによってスティックに著しくダメージを与えることである。スティックは木でできていることがほとんどなのだから、金属を馬鹿みたいに叩いたら削れていくのは当然であろう。
またドラムセットには金属製の凶器そのものであるシンバルも含まれる。時にはシンバルの鋭利な縁に直角にスティックがあたることもあるのだから、スティックが削れていくのは至極自明のことなのである。

そういう訳で、ひとたびドラムを叩けば自前のスティックはどんどん細くなっていき、具合が悪いと演奏中にポッキリ折れたりすることも珍しくない。文字通りの消耗品。

さて、果たしてドラマーは一生のうち、何本のスティックを消費しているのであろうか。

まずは年間に何本折っているのか(=廃棄しているか)である。
これに関しては各人によってばらつきが多く、ライブの本数やリハーサルの時間とスティック消耗度は比例するし、演奏スタイルによっても消費量に違いがあろう。繊細なタッチがメインのジャズバラードを得意とする人と、白目をひんむいて全裸でハードコアパンクを叩いている人ではスティックへの負荷が大きく異なる。
使用するスティックの素材や太さによっても変わってくるであろう。細めだと当然折れやすいし、メイプルなど柔らかめの木材を使用したスティックだと摩耗も早い。

そう言っていても仕方がないので、私の場合でまず概算を出そう。

想定ケースA
(男性/上記「白目をひんむいて全裸で」タイプ)
・16歳よりドラムを定期的に叩き出す。
・60歳に持病である椎間板ヘルニアと後縦靱帯骨化症が悪化し、ドラムを引退すると仮定。
・主な使用スティックはヒッコリー製(硬度レベル:並)。
・スティック廃棄本数は年間に平均20本、標準偏差5。

16~60歳までに45年間ドラムを演奏すると仮定した場合、
20本×45年=900本。

900本。

想定外の事態が生まれた。
思ったより少ないのだ。

45年で900本である。

1本40cmと考えて、40cm×900本=36000cm=360m。

短い。

当初の構想としては、「なんと、月に届いてしまうのである。」という非常にキャッチーでセンセーショナルな一文に着地するはずであった。
音波ならば1秒強で到達する、短い距離である。最寄り駅から360mのマンションなんて超優良物件であろう。

めげずに金額に換算してみよう。
1本600円×900本=54万円。

45年で54万円。一見高額に感じるが、一生のうちで、である。楽器のランニングコストとしては非常に優秀ではないか。
こちらも予定では、「なんと、レクサスが新車で買えてしまうのである。」と豪語する予定であり、50万円強では型落ち、且つアホみたいな走行距離の中古車しか購入できない。

他にも森林伐採がうんぬんとか、ウッドショックによる今後の影響がかんぬんとかいろいろ考えていたのだが、思ったより使っていないのだから仕方がない。
着地点を変えましょう。

ドラムとはなんと優しい楽器であろうか。

現代日本では取り急ぎ音楽スタジオに入ればドラムセット一式が揃っており、初心者でもスティックがワンペアあればドラマーになれると言っても過言ではない。
取り急ぎ1200円+スタジオ代で始められるのだから、お財布に優しい楽器、と言っても差し支えないであろう。
よく「ドラムは家で叩けないからスタジオ代が嵩んでしまう」とか言われるが、そもそも家だけで上達できる楽器などほとんど存在しない。こと我が国においては、口笛ですら隣の家から苦情が出る。スタジオ代は全楽器共通の必要経費とみなすべきである。

環境にも優しい。スティックは全て燃えるゴミである。焼却時の温室効果ガスの発生についても、一人あたりこの本数ならば微々たるものであろう。さらに最近では間伐材を用いたスティックの開発や、折れたスティックを回収し再利用するプロジェクトなども散見される。

健康にも優しい。私のようにクソみたいな姿勢でクソみたいな叩き方さえしなければ、適度な筋トレと有酸素運動になる。フィットネス効果は数多ある楽器の中でもトップクラスと言って差し支えないであろう。
両腕ならびに肩周りを動かすので、肩こり防止にも効果てきめん。
加えて最近では脳トレ効果も期待されており、大人の習い事としても人気を博しているようだ。

さあみんな、手をつないでいっしょにドラムを叩こう!!


…などと、市井のドラム教室にかどわかされ、少ない小遣いで運動も兼ねてやってみっかと一念発起しドラムを初めてみると、すぐに机上の空論であることに気付くであろう。

細々といろいろ買ったら高い!スタジオ代も馬鹿にならない!
っていうかスティック以外の消耗品、ほとんど金属じゃない!
あれ、腰が痛い!二の腕がどんどん太くなっていく!
なんか難しい!思ったよりできない!
暑い!つらい!やってらんない!

はっはっは。やめろやめろ。




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