やっぱり孫引きはNG。やってて良かった原著確認。~Manskiと"perperceived returns"の関係性から~
執筆中の論文で、Manskiを引用しながら「個人が認識する主観的な効用」を論じようとしていた。孫引き(=他が引用してあるものを原典にさかのぼって調べることなく、そのまま更に引用すること)が危険というのは研究者なら誰もが知っているけれど忙しくなるとついつい原著確認が疎かになってしまうもの。
ふと最近あるタレントの孫引きが問題になっていたこともあり、自分の論文の孫引き部分をチェックしてみたら、ふとManskiの引用に目が留まった。「あれ、Manski論文の原著読んだのって1年半以上前だな…。当時は今の論文テーマと若干違うので再度原著チェックしてみるかぁ」と原著を再読すると、、、もう冷や汗もの。やって良かった原著チェック。
今回は孫引きしていたというよりは、Manskiの意見だと自分の中で思い込んでいたものだけど、原著確認はやはり基本。危ない危ない。
Manskiってハンパなく引用され、その引用者も偉い先生たちやからついつい孫引きしてしまうけど、、Manski自身が論文でどこまで言っているのか?そしてどこからは引用者の意見なのか?この線引きをしっかりとせねばな。という学び。
備忘も含めて確認事項をメモ。
・プリンストン大学のRobert Jensen教授の
“The (Perceived) Returns to Education and the Demand for Schooling” The Quarterly Journal of Economics, 2010,125(2)515-548
そのINTRODUCTION部分では以下のように語られている。
However, although there is a large literature estimating the returns to schooling with earnings data, as pointed out by Manski(1993), it is the returns perceived by students and/or their parents that will influence actual schooling decisions.
Given the great difficulties in estimating the returns encountered even by professional economists using large data sets and advanced econometric techniques, it seems likely that typical students make their schooling
decisions on the basis of limited or imperfect information.
収入データを使って学校教育へのリターンを推定する文献は多くあるものの、Manski(1993)が指摘するように、実際の学校教育の決定に影響を与えるのは、学生および/またはその両親によって(主観的に)認識される収益である。大規模データと高度な計量経済学的手法を駆使する経済学者でさえも迷うようなリターンの推定の難しさを考えると、典型的な学生は進路決定の意思決定を、限定的ないし不完全な情報に基づいて行っていると思われる。
この文章で、as pointed out by Manski(1993),はどこまで指すのか?
Manski(1993)の原著を確認してみた。
Manski, Charles F., “Adolescent Econometricians: How Do Youth Infer the Returns to Education?” in Studies of Supply and Demand in Higher Education, Charles T. Clotfelter and Michael Rothschild, eds. (Chicago: University of Chicago Press, 1993).
すると、Manski(1993)でperceived returnsはおろかperceiveという言葉が出てくるのは以下の2か所のみ。
The first problem is that, not knowing how youth perceive the returns to schooling, one cannot infer their decision processes from their schooling choices.
最初の問題は、若者がどれほど教育のリターンを認識しているかわからないので、進路選択の意思決定プロセスを推測できないこと。
Section 2.2 indicates that, if economists want to learn how youth perceive the returns to schooling, we cannot rely on the expectations research performed by other social scientists.
セクション2.2では、もし経済学者が若者がどれほど教育のリターンを認識をしているか把握したければ、他の社会科学者によって行われた期待の研究に依拠することはできない、ということを示す。
Manskiも"perceived returns"と呼ばれる研究領域に属するかと思っていたが、意外にも(?)いや私が無知なだけかあまり用いられていない。
Manskiが用いているのは、むしろ、というかやはりexpectationsであり、これは論文内に141回も登場する。結論の冒頭部分も、次の通り。
Having chosen to make assumptions rather than to investigate expectations formation, economists do not know how youth infer the returns to schooling.
If youth form their expectations in anything like the manner that econometricians study the returns to schooling, then prevailing expectations assumptions cannot be correct. Without an understanding of expectations, it is not possible to interpret schooling behavior nor to measure the objective returns to schooling. As a consequence, the economics of education is at an impasse.
経済学者は、期待形成を調べるのではなく仮定を置くことを選択したため、若者がどのように(どれくらい)学校教育へのリターンを推測しているかが知らない。もし若者が、計量経済学者がリターンを研究するような方法で期待を形成している場合、広く用いられている期待の仮定は正しくない。
Without an understanding of expectations, it is not possible to interpret schooling behavior nor to measure the objective returns to schooling.
As a consequence, the economics of education is at an impasse.
期待を理解せずに、進路選択行動を解釈したり、学校教育への客観的なリターンを測定ることはできない。結果として、教育の経済学は行き詰まる。
論文全体も趣旨も、「個人は実際は主観的な認識によって進学決定をしているよね?」というニュアンスではなく、「個人がどのように(どれくらい)認識をしているのか分からないのに、経済学者って期待形成に仮定を置いて論じてるよね?それってまずいよね?」というもの。
そして、だからこそ期待形成をモデル化したり、定量化したり…という方向の主張になっている。
EconometoricaのManski(2004)はまさにそのような論点。まぁタイトルからして"Measuring Expectations"なので、分かっている人には今さら感があるかもしれないが、私にとっては目からうろこでした。
※Manski(2004) "Measuring Expectations"の参考1
経済主体が選択した結果を表すデータにのみ基づき統計的推論を行うことの限界を指摘したのは,Manski(2004)である.Manski(2004)の指摘は,同一の選択結果をモデル化するのに,選好(preference)と期待形成(expectations)の様々な組み合わせが可能であるというidentification の問題に関わる.通常,経済学者は合理的期待形成を前提として,選好の顕示(revelation)のみに統計的推論の焦点をしぼってしまうが,それでは推論の信頼性が損なわれてしまう.Manski は,経済主体の最適化に基づきながら,サーベイ・データを用いて「主観的期待」を定量化することによって,期待形成に関する仮定を自由にすることの重要性を主張した.
出典:予測サーベイを用いた期待形成に関する研究のサーベイ 上智大学経済学部 竹田陽介先生
※参考2。
おいしい批評生活Manski (2004) "Measuring Expectations"
Manski, Charles F. 2004. "Measuring Expectations." Econometrica 72:1329-76.