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肥満訴訟よりは勝ち目があると思う年金未納推奨訴訟(2005年10月29日執筆)

勿凝学問441 

2024年11月22日ABEMA Prime出演となり

年金の話が盛り上がっているようで、 ABEMA Primeから、なぜだか出演依頼が届く。事前に届いた質問案は次。

権丈さんへの質問案
Q1:「どうせ貰えない」と持っている若者に何というべき?
Q2:年金破綻を騒ぐ経済学者もいる…権丈さんはどう思う?
Q3:未納や未加入の人ってどれくらいいるの?

Q1には、いつも学生に、だまされたと思って、保険料を払っておこうかと言ってますね。そうでないと、後々後悔するよと言っていると話す。
Q2には、かれこれ20年前に書いた文章にある、「年金未納推奨訴訟」の話をする。
Q3は、準備していたのだけど、時間切れ。ということで、簡単にここに書いておく。

・2023年年度末公的年金加入者の状況では、未納者79万人/公的年金加入者数6,745万人=1.2%
・2021年度分の国民年金第1号被保険者の最終納付率*(納付月数/納付対象月数)=83.1%

*納付対象月数とは、当該年度分の保険料として納付すべき月数(法定免除月数、申請全額免除月数、学生納付特例月数、納付猶予月数及び産前産後免除月数を含まない。)であり、納付月数はそのうち当該年度中(翌年度4月末まで)に実際に納付された月数である。保険料は過去2年分の納付が可能であり、最終納付率とは、過年度分の保険料として納付されたものを加えた納付率である。

Q2では、「あなたの年金破綻論、年収の壁、働き損の言葉を信じて、私は若いときから未納、就業調整などをして損害を受けましたので賠償を求めますと言って、将来、訴訟を起こせばいい」と話してます。このうち未納については、2005年10月に書いた文章があるので、それを抜粋しておこうと思う。

肥満訴訟よりは勝ち目があると思う年金未納推奨訴訟(2005年10月29日執筆)

2005年9月から12月末までの英国への留学期間の半ば、すっかり年金から医療に頭が切り替わり終えていた2005年10月のある日。厚生労働省「医療制度構造改革試案」が出たとの連絡を日本から受けたので、ケンブリッジのセインズベリーまで散歩して、日本の新聞を手に入れる。喫茶店に入って医療の箇所を読み終え、他の紙面をながめていると、「日本の年金はすでに破綻している」という文字をみつけてしまった。2004年年金改革を全批判する人たちもいよいよ追いつめられてしまい、「年金はすでに破綻している」という勇ましい言葉のみに頼るようになったか――との感想をいだく。街を歩きながらストーリーができあがってしまったので、「年金破綻」という言葉について、41個目の雑文をまとめることにした。

自己責任社会アメリカにおける肥満訴訟

先週10月19日、米国下院で食品消費個人責任法(The Personal Responsibility in Food Consumption Act)――通称、チーズバーガー法案が可決された。肥満になったのは、外食産業、特にマクドナルド、ウェンディーズ、バーガーキング、KFCにあるとして損害賠償を求める肥満訴訟が、米国で起こっていることに対して、外食産業側は、それは「言い掛かり訴訟」(frivolous suits)だと称していたのであるが、このたび、チーズバーガー法案として、<外食産業が責任を逃れることを保証する法案>が、下院で可決されたわけである。

 同様の法案は、昨年も下院で可決されていたのであるが、上院で否決されている。わたくしからみれば、ファストフードばかりを食べて肥満になってしまうのは、どう考えても「自己責任」に帰する問題だと思える。ところが、日本人の一部が自己責任社会のお手本のように崇めるアメリカで、この類の訴訟が後を絶たない。傍観者としては妙に面白く思える現象である。先週10月19日の下院でも、426人中、120人もの議員が、チーズバーガー法案に反対――すなわち、肥満訴訟を容認――している。なんとも不思議な国である。

「年金未納推奨訴訟」

 ところで、実はわたくしは、もう随分と以前から、肥満訴訟よりもはるかに勝算のある訴訟を、日本で起こせばよいのにと思っているし、将来、大いに推奨したいと思っていることがある。年金保険料の未納をつづけ、無年金者になってしまったのは自分の責任ではないとして、保険料を支払うインセンティブを削ぐようなことを言ってきた人たちに損害賠償を求めるのである。その訴訟を、ここでは「年金未納推奨訴訟」とでも呼んでおこう。

年金未納問題の実像

 過去にも、現在でも、国民年金保険料の未納者はいる。未納者が過去最高となったとされる2003年度末データによると、国民年金の納付率(=納付月数/納付対象月数)は62.8%。これが、しばしば言われる「10人に4人が年金保険料を支払っていない」という言葉の根拠となっているようなのである。

ところで、確かに納付率は62.8%である。しかし、国民年金保険料は過去2年に遡って追納することができ、そういう人たちが半分はいるため、2年超の確信犯的な未納者は第1号被保険者の20%程度、すなわち10人に2人程度しかいない。しかも、この第1号被保険者のうち20%というのは、年金被保険者数(7029万人=第1号被保険者数2240万人+第2号被保険者数3680万人〔=3212万人(厚生)+468万人(共済)〕+1109万人(第3号被保険者))のうちの、6%程度でしかない。

さらには、納付率の算定基礎となる「本来納められるべき金額」と「実際に納められた金額」の差は、被用者年金からの保険料収入をも足し合わせた全年金保険料収入の4%程度にすぎない。

 ついでに言えば、年金保険料を未納しつづければ、彼らは将来、年金受給権が発生しないのであるから、賦課方式の年金制度のもとでは、勤労世代に負担を負わせることもない。それでも彼らは、基礎年金に投入されている租税については負担してくれる。後世代の人たちからみれば、実にありがたい人たちとなるのである。

総じて、未納者の存在は、短期的にも長期的にも、年金財政に大きな影響を与えることはない。この状況のなかで、「年金はすでに破綻している」と論じるのも、言論の自由が保障されている社会にあっては確かに自由ではある。こうした自由な社会にあっては、氾濫する情報を評価する能力が要求されることになるのは至極当然のことであり、現在、年金保険料を未納の人たちは、「年金はすでに破綻している」のかどうか、自分で判断すればよし。

もっとも、現在の年金制度をなんとかして批判したい人たちは、現在の未納者が将来の生活保護受給者となることを「予測」して、いま年金の未納を解決しておかないと、将来の生活保護給付費が急増するぞと脅しをかけては、持論、すなわち現行制度批判を補強する傾向があるようにもみえる。

・・・中略・・・
中略箇所に興味のある人は「勿凝学問41」を参照

現行の公的年金を批判する者たちの「将来、無年金者たちが出てくると生活保護負担が増える」という予言や「基礎年金と生活保護の給付水準を比較すれば、基礎年金への保険料拠出のインセンティブはないと考えられる」などの言葉は、多くの国民に、「なるほど、今は未納を決め込んで、将来生活保護を受ける方が得なのか」と思わせる、大きな効果をもっていると思ってながめている。現行制度を批判する者たちの予言が、それを信じた人たちの期待を裏切らないものであることを祈りたいが、おそらく将来、彼らの言葉を信じて未納をつづけた人たちには、「話が違うではないか」という思いをいだくことになるだろう。年金は存在しつづけているし、生活保護をもらおうにもミーンズ・テストという自尊心を傷つけられるような厳しい審査がある。それに将来は、生活保護法は改正され、年金保険料の未納をつづけたばかりに基礎年金の受給権がない人は、徹底的に劣等処遇されるようになることも、この国では十分に起こり得る。

そのとき、現在の未納者が、「こんなことならば、保険料は支払っておくべきだった」との思いをいだかない立派な人物であることを願いたいが、はたしてどうであろうか。「年金はすでに破綻している」とか、さらには、「いま年金の未納を解決しておかないと、将来の生活保護給付費が急増するぞ」と脅しをかけながら、社会保険方式にもそれなりの価値があるという側面に目を向けずに、年金の租税方式を一方的に主張する人たちが――主に経済学者なのであるが――、将来予測の基礎にしている「人間の幅」、「社会の幅」は、かなり甘いように思えるし、そもそも彼らはそのようなことを考えたことがないようにも見受けられて仕方がない。もし彼らが狭小な視野でしか人間をとらえることができないのであれば、資源配分の最適性を考えることを旨とする経済学者という職業に、人的資源が最適に配分されていないのではないかと疑いたくもなる。

年金未納推奨訴訟のすすめ

さて、現在、年金未納者はたしかにいる。しかし彼らが、このまま未納をつづけ、将来年金受給権を得ることができないとき、彼らは、後悔する――とわたくしはみている。この点、次のような話を紙面でしたことがある。

 

朝日新聞2005年5月4日朝刊17面

勿凝学問33「国民年金未納未加入者への太陽政策

そこで、未納者のみなさまに、是非とも「年金未納推奨訴訟」を起こすことをお薦めしたいのである。未納でいると後悔する話であるのに、なぜわれわれ未納者に、未納でいる方が得であると思わせるような情報を世間に流しつづけたのかと。いま、アメリカで話題になっている肥満訴訟よりも、勝算はあると思う。

訴訟の相手は政府ではない

なお、ここで注意して欲しいのは、訴訟の相手は、政府ではないということである。政府はみなさんに未納でいることが得であるような確信を与える言質は、いっさい与えていない。そのことは、将来、わたくしが法廷で証言してもよい。みなさんが賠償金を請求する相手は、「年金はすでに破綻している」と断定的に言い切って、その言葉をみなさんの心の底に確信として刻んできた研究者、政党であるし、さらには「基礎年金と生活保護の給付水準を比較すれば、基礎年金への保険料拠出のインセンティブはないと考えられる」、「将来、生活保護受給者が増える」という形で、みなさんに、将来、生活保護に簡単に頼ることができるのかと期待をいだかせてきた研究者、政党である。これほど、無垢な国民を不幸におとしめる有害かつ無責任な言葉を、いったい誰が発言しているのかを、将来の賠償金請求のために、いまからしっかりとメモしておくことを強くすすめたい。

執筆より4ヶ月後――『朝日新聞』2006年2月12日「選択のとき――生活保護 増える受給者、自立支援は」より

『朝日新聞』2006年2月12日「選択のとき――生活保護 増える受給者、自立支援は」より引用 (C)三神万里子

ABEMA Prime

#アベプラ①リーマン激怒?払わぬ者も…年金問題




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