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年金周りでの後悔先に立たずの人生選択

勿凝学問430


 公的年金に関することで選択ミスをすると、取り返しの付かない話になるために、結構辛い人生になる。たとえば、早い年齢からの繰上げ受給を選択して、長生きしてしまった場合は、後悔先に立たず、という残念な思いをすることは想像できる。

後悔するカマキリ君


 先日、あるところで年金の話をしてきた(依頼は「長期給付の課題と展望」、つまりは公的年金)。後日、事務局の窓口となっていた人から、次の連絡がくる。

権丈先生のご講演、大変好評で感謝しております。
 会議終了後、暗い顔をした参加者が「講演を聞いて衝撃でした。なぜ妻を3号被保険者にしてしまったんだろう・・・もっと働かせればよかった。今、 58 歳で後悔しかない。年金制度の理解を深めなければだめだ」という感想を言っておられる方がいました(笑) 

そこで、次の返事を送る。

そうですか、カマキリ君が後悔してましたか。
年金を誤解したら痛い目にあう話のひとつですね。年金が破綻するという話を信じて、繰り上げ受給を選択した人もいるんで、不幸なのは君だけじゃないとお伝えください・・・励ましになってないか(笑)。
人生は取り返しがつかないんで、年金の誤解を流布した人たちの罪は大きいですね。

 ここでいう、「カマキリ君」というのは、あの日の講演の中で、「3号はお得な制度だと信じて、配偶者に3号でいることを薦めたことのある世の男性陣は、カマキリの雄が頭を雌に食べられて喜んでいるようなものだ」と話していたからである。なぜならば・・・という話を書くと長くなるので、ここでは省略しておく。

このnoteをアップしたのは11月3日――後日、バス停でカマキリ君と目が合った。

 続けて、メールには次のような話も書いていた。

次は、 10 月 4 日に開かれた第14回全世代型社会保障構築会議での発言です。

「年収の壁の話とかは本当に誤解が多い。誤解ばかりなのですけれども、そもそも3号の制度はお得で不公平だという話がありますが、本当にそうなのかと。
 厚生年金には3号分割というのがありまして、離婚する際には、離婚の理由を問うこともなく、問答無用で夫の厚生年金の半分を3号だった奥さんが持っていきます。これは私は良い制度だと思っているのですけれども、離婚しなくても、奥さんは基礎年金しか持っておらず、老後は夫の年金頼みです。
 世の男性陣は3号制度をお得だと思っている節があるのですけれども、制度を正確に理解すれば、3号の保険料は夫が払っていると言うこともできます。
 こういう話をすると、世の男性たちは自分の人生を後悔し始めるのですが、これは大いに後悔していい話です。大体配偶者を安い労働力のままでいさせたいという層がこの国に物すごく多くいたというのは、誤った情報を信じ込まされた一種の催眠状態に近い状態だったと言えます。
 ですから、この構築会議の報告書では、昨年、いわゆる就業調整に関しては「広報、啓発活動」を展開するとしか書かれていませんでしたし、私はこの集団催眠の状態を解くためにはこの活動が最も重要だと思いますので、同時に皆さんこの公的年金シミュレーターをやってもらいたいと思います。」

(藤森克彦氏「高まる「公的年金シミュレーター」活用の意義 自分の将来の年金額は働き方次第で変えられる」 | 経済を見る眼 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)

 そうすると、上のメールへの返事が届く。

お返事ありがとうございます。
 先生のお話聞いて後悔しきりだった参加者の男性は、さらに私にむかって「自分の年金があっていいですね」と言ってこられました^^;相当な後悔の様子です(笑)

 第3号被保険者周りの話というのは、そういうものである。3号は得で不公平、年収の壁、働き損、だから就業調整というような話が盛り上がっていたが、そうした話を信じて、就業調整を選択した世帯が、どういう人生を歩むことになるのか。
 次は、今年亡くなられた堀勝洋上智大学名誉教授が2005年に出した『年金の誤解』からである。専業主婦の生涯可処分所得は4,719万円、継続就業の女性は2億1,109万円という、2004年の内閣府男女共同参画会議の試算が紹介されていた。今でも、継続就業の女性の所得はおよそ2億であるという試算はいくつもある。

堀勝洋(2005)『年金の誤解』95頁

 3号はお得だという噂を信じ切っていたカマキリ君たちが将来後悔することになったとしても、私にとっては痛くも痒くもない話だが、彼らが将来、「後悔先に立たず」と思うことになり、夫婦の間が「覆水盆に返らず」となった場合、昨今の「年収の壁論者」たちは、相当罪深いことをした存在になるとは思う。
 いつものように、人の人生選択を誤らせた彼らは責任を取らされることもないわけだが――繰上げ受給を正しい選択であると多くの人たちに思わせていたのは年金破綻論だったが、破綻論を唱えていた者たちは、罪を問われることはない。年金周りではよくある、毎度のことである。

離婚リスクが高い社会と老後の年金


 こうしたやりとりをしていたところ、次のような離婚化指数ランキングがアップされていた。

「結婚に対して離婚が多い」都道府県ランキング カギとなるのは「結婚後の生活」の話し合い | 恋愛・結婚 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)

「2022年に全国で提出された婚姻届は50.1万件、離婚届は17.9万件でした。離婚件数/婚姻件数(「離婚化指数」と呼称することにします)は35%にも到達しています。・・・1位の高知県では•••10年間の離婚化指数は45.1%に達しています。つまり、高知県では結婚報告を2件耳にしたら、1件離婚報告が聞こえてくる、といった状況です。」

 離婚のリスクがかなり高い社会において、夫婦の片方が厚生年金をもたない人生を送るという選択は、かなり勇気がいる選択となる。
 この国の公的年金保険は、片方が3号であった世帯が離婚をした場合でもふたりの生活が保障されるようにという「崇高な(ムリで無意味な?)」目標は、制度設計の段階からまったく視野に入れていない。だから、片働き世帯における最大の防貧策は、相手が離婚を言ってくることがないように配偶者を大切にすることになる。
 しかし、いくら配偶者を大切にしているつもりでいても、世の中、いろんな理由によって離婚率が高くなっていくのだろう。
 この国では、はるか昔から、それこそ本当に何が起こるか分からない未来に対するリスクマネジメントの観点から、ひとりひとりが厚生年金を持っていることこそが合理的な選択となるように、公的年金は設計されてきた。
 だからこれまで、厚生年金を選択することができない人を可能な限り少なくするために、「厚生年金の適用拡大」という、事業主たちが力の限りの政治力を用いて抵抗する岩盤を打ち砕いていくことが、公的年金の最優先の課題だったのである。
 先の第14回全世代型社会保障構築会議ではそうした話もしている。

 130万円のところには、確かにそれ以上は働き損になるという領域はあります。しかし、多くの会社では30時間以上働くと厚生年金に入ることができ、働き損ではなくなります。ただ、非適用業種で働くような人たちは何時間働いても被用者保険に入ることができません。この種の問題を視野に入れなければ勤労者皆保険は実現できません。
 勤労者皆保険については、総理が政調会長だったときの「人生100年時代戦略本部」の取りまとめに、「所得の低い勤労者の保険料は免除・軽減しつつも、事業主負担は維持すること等で、企業が事業主負担を回避するために生じる「見えない壁」を壊しつつ、社会保険の中で助け合いを強化する」のが勤労者介護保険とまとめられています。この形は社会保険発祥の地のドイツのミニジョブというのを日本に応用した形になるわけですけれども、この制度はマルチワークとか副業社会に対応できると同時に、香取さんもおっしゃっていた格差、貧困も緩和するためにぜひやり遂げてもらいたい改革で、勤労者皆保険の実現を私は心より応援していきたいと思っています。

 ところが、(他に事情があったのであれば話は別だが)壁だ、働き損だ、3号は不公平な制度だというフェイクニュースを流す者たちを信じて、3号を自ら進んで将来の貧困リスクを高めてきた世帯があったし、今もいる。メディアも、「後悔先に立たず」と将来思うことになる人たちを増やす情報を、日々発信している。
 慣れてはいるが、年金周りでは、相も変わらずおかしなことが起こっている。

追記――特殊な制度は3号ではなく1号

 どうも世の中の人たちは、3号があるから、「年収の壁」に見えるようなものが存在すると考えているようである。しかし、それは違う。2号と3号しかないのであれば、いわゆる「壁」のない年金制度を設計することはできる。そこに1号があって、1号と3号の整合性をとらなければならなくなるから、みんなが「壁」というものが生まれるのである。したがって、はじめから国民皆年金などを考えてもいない他国は、日本とは事情が違うことになる。そのあたりは、社会保障審議会年金部会の第3回が(2023年)5月8日で話していたりもする。
日本の年金のアキレス腱と年金理解を阻む認知バイアス|kenjoh (note.com)

国民年金法が成立した1959年に当時の事務局長の小山進次郎さんは、国民年金法の解説の中に、「国民の強い要望が政治の確固たる決意を促して、我々役人のこざかしい思慮や分別を乗り越えて生まれた制度」と書いていました。

無職の人を初め、所得を把握することができない人も含めて国民皆年金保険を行うということは、政策技術的には無謀なところがありました。

今で言えば、仮に3号を抜きにして1号と2号から成る制度を考えても、能力に応じて負担し、必要に応じて給付を受けるという社会保険の原則に反していて、垂直的再分配がない制度が組み込まれているという問題もあって、これ自体1号と2号のところだけでも問題がある。

ところが、今度は1号を抜きにして2号と3号から成る制度を考えると、社会保険の原則にあまり反していないというところもあるので、私は社会保険としての制度の歪みの根源は1号にあると考えてきました。

皆年金を堅持していく、つまり1号を堅持していく限り、この国の公的年金制度はひずみが生まれます。そして、個人的には1号は堅持していくべきだと思っているので、このひずみを抱えた状況で制度を運営していかざるを得ないだろうと思っている。

次でもどうぞ。


日本の年金のアキレス腱と年金理解を阻む認知バイアス|kenjoh (note.com)
就業調整で失っているものは何か|kenjoh (note.com)
「専業主婦の年金3号はお得だ」って誰が言った?|kenjoh (note.com)
指定労働時間と、年収の見えない「壁」|kenjoh (note.com)


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