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「終末期医療、お金かかる論は「素人」 専門家がデマ批判」『朝日新聞デジタル』2019年2月19日

勿凝学問433



 (将来忘れた頃のために日付まで書いておくと)2024年10月27日の総選挙を前に、終末期医療、安楽死の話が盛り上がっている。きっかけは、 衆院選の公示15日を控えた12日、日本記者クラブ主催の与野党7党首討論会で、国民民主党の玉木雄一郎代表が次のように発言したこと。

「われわれは高齢者医療、特に終末期医療の見直しに踏み込んだ。尊厳死の法制化も含めて。こういったことも含めて医療給付を抑えて若い人の社会保険料を抑える」。

 終末期医療に関しては2019年にインタビューに答えた話があるので、明日の授業で紹介しようかと思ったのだが、『朝日新聞デジタル』のリンク先は Page not found。ということで、noteで教材の作成を。

事実の確認

 「最後の1カ月間の延命治療はやめませんか?」。人生の最終段階「終末期」をめぐって、コスト削減と結びついた発言がやまない。これを、「最近はやりの『ポピュリズム医療政策』にのせられた論」と話すのが、政府の社会保障国民会議で委員を務めた権丈善一・慶応大商学部教授(社会保障・経済政策)だ。話は医療や介護の行く末にも及び、「費用を削減すべきだ」との論調にも疑問を呈した(髙橋健次郎記者)。

Q:文芸誌「文学界」(1月号)で、落合陽一氏と、古市憲寿氏が「『平成』が終わり、『魔法元年』が始まる」と題された対談をしました。その中で古市氏は「お金がかかっているのは終末期医療、特に最後 の1カ月」と述べています。これは事実なのですか。

A:素人が医療問題に触れて最初にはまるところですね。亡くなる1カ月前の医療費は全体の3%程度だというエビデンスがあることは、この問題に関わる人はみんな知っているよ。医療費の単価は全体的に上がるので占める割合は、時間が経ってもそう変わらない。急に亡くなる人も3%に含まれるので、終末期医療と呼べるのは実際にはもっと少ない。そもそも、『最後の1カ月』は、後から考えればそうだというだけで、事前には予測がつかない。だから、最後の1カ月の医療費を給付しないなんて、技術的にできません。授業でそういう話をすると、そうなんだぁと学生は毎年、言われてみればそうですねっと感心するところだね。
 「『最後の1カ月』の前段は、『財務省の友だちと、社会保障費について細かく検討したことがある』だった。
 世の中ってほんっとおもしろくって、その言葉を捉えてネットでは「財務省にそそのかされて・・・」という趣旨で盛り上がっていましたね。今回の件で財務省は、とんだ災難だったと思いますよ。
 僕が、フェイスブックに『財務省の友達が誰なのかに関心あり』と書いていたら、それこそ財務省の友だちからコメント欄に『社会保障に関わる財務省関係者ならもっと深く正しく理解してるはず(先生の本を多少は読んでるだろうし)』と。『多少』しか読んでいなのは大いに問題ありだけど(笑)、僕もフェイスブックに書き込む前の授業で、僕の本の『ちょっと気になる医療と介護 増補版』の第17章『政治経済学からみた終末期医療』に触れ、『今時、そんなのが財務省にいるのかな。僕の本には批判対象としても財務省という言葉は一言もでてこないわけでね』と話していました。 

2010年代後半に流行っていたポピュリズム医療政策とは

Q:エビデンスに基づかない論を「大衆受けのする『ポピュリズム医療政策』」と批判されています。

A:今、はやっているポピュリズム医療政策は、4つのロジックからなっていて、全部ウソですね。

①    将来の医療費や社会保障費を、名目値で示し、将来の負担はこんなに高くなると大衆を脅す。

②    終末期の医療費は、人が一生に使う医療費の半分ほどを使うと、エピソードベースの話をして大衆を驚かす。

③    医療費は予防で抑制できる、特に終末期の医療費を大幅に抑制できると大衆にデマを飛ばす。

④    終末期で浮いた財源を若い世代に持っていけば、全世代型社会保障も実現できると、大衆ウケのする話で結ぶ。

①から③までウソだから、もちろん④もウソ。①について言えば、医療費や社会保障費はGDP比でみるべきものとして試算されているのだから、将来何兆円になるという名目値で議論しては100%間違いなんですね。

社会保障給付費の対GDP比の読み方

Q:対GDP比でみると、年金はその割合が下がるのに対し、医療と介護は増えますね。

A:そう。だから、よくあるのはこういうストーリー。『年金は減るから安心。医療と介護は増えるから、二つのコストを抑えることが大事』。でも本当にそうなのかな。
 年金については、高齢化が進み、給付の対象者の割合が増えるのに、GDP比でみると下がる。そこでは何が起こるのかは、しっかりと想像力も持って考えないとね。
 ただ、日本は赤字国債を発行して社会保障費を賄ってきた『給付先行型福祉国家』。だからこれから先、ニーズは増えるんだけど、仮に負担増ができたとしても社会保障のための財源はあまり増やせないというジレンマがある。

Q:対GDP比で2040年度と今を比べると、医療は1・2倍程度に、介護は1・7倍ほどに。少ないわけではないですよね。

A:介護は年金なんかと比べて、今の規模がそんなに大きくないから増える分が大きく見えるね。昨年の試算では社会保障全体で見て2040年にGDP比で1.1倍程度になることが示されただけで、その水準を負担するのは不可能という話ではないと思うよ。
 高齢化はドンドンと進んでニーズは大きくなる中、その程度の増加に留まり、その水準そのものは、高齢化の程度を考慮すると、国際的にはむしろ少ないくらい。今は、今後のニーズの増加ほどには医療介護の財源を得ることができそうにないから、『パフォーマンスのよい(医療介護の)提供体制にしましょう』と、みんなで汗をかきながら懸命に改革を進めているわけです。

医療提供体制改革は必要


 高齢期には、ガス・水道・電気のように医療や介護は日常使っていくものになる。そこで大事なのは、そうしたニーズに見合った提供体制づくりをしていくこと。
 よく言われる、これまでの病院完結型医療から、医療介護を一体化した「治し支える地域完結型医療」への改革というものですね。
 今の時代は、医療そのものがQOLの維持向上だと考えられていて、定義上、医療と介護の境目なんてなくなっている。こうした流れの先には、当然、『QOD(クオリテイー・オブ・デス)』、すなわち『死に向かう医療の質』をいかに高めていくかということもある。
 以前は、死は敗北であると医師は教育を受けていたようだから、随分と大きく変わってきたんだと思うよ。
医療と介護が一体になって、人間の尊厳ある死を視野に入れてQODを高めていこうとしている時代になってる。そのためには、人生の最終段階で、どんな治療やケアを受けたいか、医療者や家族、そして当人が信頼する人と繰り返し話し合っていく『ACP(アドバンス・ケア・プランニング)』がひろく推奨されてもいます。
 ACPでは、この「繰り返し」ってのが大切でね。この1月にやった僕の学期末テストでは、「ACPとは何かを説明し、それがなぜ重要なのかを説明しなさい」って問題を出しました。昨年11月にACPに「人生会議」って名前が付けられてましたね。

将来の社会保障給付費は対GDP比で試算されている

Q:それでも、医療や介護費は、青天井には増やせません。税金や保険料を支払う働く世代が減るので、お金の問題がつきまといませんか。

A:ほら、もうポピュリズム医療政策のデマにダマされてる(笑)。誰も青天井に増えるなんて言ってないだろう。医療も介護も公定価格だよ。だいたい医療費は所得が決めていて、所得水準を大きく超えて増えることはないというのは医療経済学の常識だし、その上、医療費に占める公的割合が高い国の方が医療費のコントロールはやりやすく、日本はその割合は高いんだよね。
 大切なことだから繰り返すけど、名目値で将来の給付費を語って大衆を脅すポピュリズム医療政策にのせられることなく、昨年の試算では社会保障全体で見て2040年にGDP比で1.1倍程度になることが示されただけという議論のスタート地点で正確に事実をおさえておかないと。
 去年、2040年の試算をした人たちは名目値は意味がないから、GDP比しか出さないつもりでいたら、どこかから名目値も試算して出すようにと言われたようで、その後、僕たちの仕事は、名目値は間違えてますよぉという、マイナスをゼロにする仕事ばっかりになってしまって、かなりむなしい。

公費を減らすことは絶対正義なのか


 考えたいのは、公費を減らすことが絶対正義かということ。こう考えてほしい。ある国のある時代にケアを必要とする福祉ニーズがあるとする。どう満たすかと言えば、ファミリー(家族)か、ガバメント(政府)か、マーケット(市場)か、ということになる。『ガバメント=公費』を減らしてもニーズの総量は減りはしないんだよね。

『ちょっと気になる社会保障 V3』94頁

 さて、君は、医療介護はニーズに応じて平等に利用できる政府で対応するのがいいと思うか、支払能力によって格差が生じる市場でいいのかな、それとも君の家族でやっていく、さてどれがいいと思う? 

社会保障教育の大切さ

 大切なのは、社会保障を語る上での基礎知識を持つことと、ちょっとした想像力かな。できれば思いやりのある想像力がいいんだけどね。
 今回の『文学界』の件は、広く基礎知識を身につけてもらう社会保障教育の大切さを僕らに実感させたということかな。この国の人たちは、君を含めて(笑)、まだまだ伸びしろがある。

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