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ただしい医療との付き合い方「どこへ行ってもよくならない」を解決する方法 その3、エビデンス・東洋医学・西洋医学

これまでに書いた記事でもエビデンスという言葉が沢山出てきました。話が前後してしまいますが少し整理をし、用語の解説からして参ります。


1,エビデンスとは何か?EBMとは?

エビデンスとはあるテーマに関する試験や調査などの研究結果から導かれた科学的な「根拠、裏付け」のことです。EBMとはevidence based medcineの略であり「根拠に基づく医療」のことです。単に根拠やデータだけでなく患者の価値観なども重視されているのが特徴です。よく混同されますが、エビデンスとEBMはちがいます。別の意味があります。

厚生労働省の管理する補完代替医療のページeJIMでもEBMについて解説されています。

「根拠(エビデンス)に基づく医療」(英語ではevidence-based medicine、略してEBM)のお話をします。EBMとは、最良の「根拠」を思慮深く活用する医療のことです。EBMは、たんに研究結果やデータだけを頼りにするものではなく、「最善の根拠」と「医療者の経験」、そして「患者の価値観」を統合して、患者さんにとってより良い医療を目指そうとするものです。

意思決定の方法についてもeJIMで書かれていますので引用します。

意思決定に影響する要因は「根拠」、「価値観」、「資源」の3つであると言われています。「根拠」は、さまざまな情報として得ることができます。その情報だけではなく、利用できる費用・時間・労力などの「資源」や、解決したいことや望むことなど、一人ひとりが求める「価値観」によって、私たちは物事を選んだり、決めたりしています。

例えば、ある疾患の治療について、たとえランダム化比較試験で「最もよい方法」と示されたとしても、自分では払えないほど高額な費用がかかる場合は、もう少し安い他の方法を選ぶかもしれません。また、ある治療について、システマティック・レビューで「高い効果があるが、副作用の問題がある」と示されていたら、自分には副作用を避けたいという希望がある場合は、副作用が出にくい別の治療を選択するかもしれません。
このように、情報として得られる「根拠」だけでなく、自分自身のもつ「資源」や「価値観」もよく見つめながら、意思決定するように意識しましょう。

2,診療ガイドラインとは?

続いて「診療ガイドライン」について。こちらは公益財団法人日本医療機能評価機構のMindsのページから抜粋して紹介します。

診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書。

これだけだと少しわかりやすいので解説も引用します。

このように、診療ガイドラインは、科学的根拠に基づき、系統的な手法により作成された推奨を含む文章です。患者と医療者を支援する目的で作成されており、臨床現場における意思決定の際に、判断材料の一つとして利用することがあります。
診療ガイドラインは、医療者の経験を否定するものではありません。またガイドラインに示されるのは一般的な診療方法であるため、必ずしも個々の患者の状況に当てはまるとは限りません。使用にあたっては、上記の点を十分に注意してください。臨床現場においての最終的な判断は、患者と主治医が協働して行わなければならないことをご理解ください。
EBM普及推進事業Minds(マインズ)では、日本で公開された診療ガイドラインを収集し、評価選定の上、著作者の許諾にもとづき、Mindsガイドラインライブラリに順次掲載しています。また、診療ガイドラインや疾患・テーマの一般向けの解説、診療ガイドライン利用者向けの情報、さらには、診療ガイドライン作成者向けの情報等の提供も行っています。是非、ご活用ください。

ガイドラインではさまざまな治療方法が安全面、効果面など評価されていますので医療を提供する側も、される側も意思決定の参考になると思います。また「エビデンスレベルの分類」があり様々な根拠のレベルが高い・低いが示されています。一般の方は詳しく知る必要ないとも思いますが上記の引用でも出てきた「ランダム化比較試験(RCT)」や「システマティックレビュー(研究の統合評価のこと)」はエビデンスレベルが高い、「専門家の意見」、「一例報告」はエビデンスレベルが低い、くらいは覚えておいても良いかもしれません。普通の病院ではガイドラインで良しとされている、推奨度が高い治療法が提供される事が多いはずです。しかしガイドラインで良いとされているものがその人にとって良いかはまた別問題でケースバイケースです。その1、で説明したようにいまは治りづらい疾患も増えています。その上で、治療を選ぶ場合には価値観を考慮しながら極端に偏らない意思決定が大切なのです。ネットなどの情報に振り回されず医師や医療者と信頼関係を築いて話し合っていくことをお勧めしています。

3,補完代替医療のエビデンス、特性とは?

補完代替医療と呼ばれるもののエビデンスについて少し考えてみましょう。鍼治療や漢方など含めそもそも、エビデンスが後付けである事も多いです。エビデンスがあるから漢方治療が続いているわけではありません。鍼治療も同じです。伝統医療というのは根拠ではなく「やったら良くなったという経験」が先立っていますし独自の理論体系もあります。またランダム化比較試験(RCT)というのは単一成分の薬などの判定には向いているものの多成分、またそれぞれ質が異なる漢方薬やハーブなどには向いていないといわれます。鍼灸などの物理療法でも刺激の質が一定にさせられないなどの問題は常に付きまといます。★1またコクランという有名な医学論文レビューでも記載されている(レビュー著者による)結論の多くは臨床試験の報告が少ない、あるいは報告があっても質が低いなどの理由から以下のように歯切れが悪いものが多くなっています。

There is insufficient clinical trial evidence regarding the effects of〜(~の効果に関して臨床試験によるエビデンスは不十分である)

It remains unknown whether 〜is effectiveness(~が有効かどうか依然として明らかでない)

No conclusions can be made about the effectiveness of〜(~が有効かどうかの結論を導くことが出来ない)

しかしエビデンスが不足していることがその治療法に効果がないことを意味しているわけではないのです。重要なのは、補完代替医療の限界点と可能性のあるリスクとベネフィット、現実的に期待できる点について医療者と患者が情報を共有し、十分なコミュニケーションをとることです。★2

今の時代にエビデンスを無視することは出来ません。安全性の問題も明らかにしなくてはなりません。しかし同時にエビデンスがないことがその治療法に効果ないという意味でもありません。まずはそこを認識する必要があります。補完代替医療をエビデンスでとらえるのは限界があるが、無視も絶対視もおかしい。ということになるのではないでしょうか。

★1:臨床鍼灸研究の現状─コクランライブラリーを参照として─矢野忠(明治国際医療大学鍼灸学部)

★2:補完代替医療のエビデンス(医師薬出版)

4,日進月歩の医学「西洋医学は部分しか見ない、東洋医学は全体を見る」は本当か??

伝統医学は素晴らしい点がたくさんあるのですがここでは日進月歩の現代医学について書いていきます。私は鍼灸師で伝統医学にかかわる人間だからこそ現代医学を否定したくないし、現代医学の良さも伝えていきたいとも常々考えています。鍼灸院へ相談に来る方は『鍼灸がしたい、鍼灸治療に期待している』という場合もありますが自分の不調が改善されれば他の方法でも良いのです。その際にガイドラインで推奨されているような一般的で効果的な治療方法をたくさん知っていれば安価でより改善しやすい方法をお伝えすることが出来るかも知れないのです。クライアントさんの選択肢を奪わなくて済む可能性が高くなります。

漢方医学の概念では「陰陽調和」という言葉があり霊枢という鍼灸医学の古典にもこの考え方が出てきます。私はこの考え方が好きで大切にしています。

鍼の要点は、陰と陽を整えることにあると知れ。陰と陽を整えれば、精気は充ち、身体と気が一体となり、神気を蓄えられる。(霊枢・根結より意訳)★3

簡単に言えば異なるものを調和させバランスをとることで人体はうまく働くよ、ということなのですがこの陰陽調和の考え方は医学だけではなく風水など様々な方面で応用される、いわば東洋的な思想です。この思想やバランス感覚こそSNSでデマが飛び交い、コミュニケーション不足による不信感によりお互いが信じられなくなってしまった現代に必要もしれません。

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鍼灸を含めた代替医療分野はかつてカウンター的な意味合いで「現代医学は検査中心で患者を診ない。画像や数値ばかり見ている。人を見ない。一人一人をみる代替医療や伝統医学こそが患者中心の医療である。」、「不定愁訴・自律神経失調症など医学的に説明できないような症状をみれるのは代替医療や伝統医学だ。」というような、伝統医学を持ち上げるためにわざと現代医学を毀損するニュアンスの言説が多かったように記憶しています。ここでは例を上げませんが調べればそのようなテーマの書籍なども多数存在します。しかしながらそのような「東洋・西洋」、「伝統医学・現代医学」といったわかりやすい二項対立をあおるような考え方は果たして患者さんのためになるのでしょうか?私はそうは思いません。病院での診察や治療に不満を持ち鍼灸・東洋医学・補完代替医療に期待する方もいますが病院への不満は内容というよりも診察時間がないことによる「コミュニケーションエラー」というデータもあります。これは非常にもったいないし、私はむしろその信頼関係を補完するような存在でありたいと考えています。

明治時代の偉人、岡倉天心や新渡戸稲造は『日本の長所や文化を発信するためにはまずは西洋文化を理解することがか大切だ』と説いていましたが★4私のように代替医療にかかわる人間にも通じるものがあるかもしれません。まずは現代医学を勉強し、理解し、正しく認識することが大切だと考えています。そうしなければ自分がしてる事の良さを伝えることも社会でどう役に立つのかを語る事も出来ないでしょう。

そして何よりも、「現代医学(西洋医学)は部分しか見ない」という考え方はもはや時代錯誤となっています。医学は日進月歩で進化しています。検査や数値中心に診るよりも人間全体で見たほうがいい場合もあり、その逆もまたしかりで様々な考え方や技法が登場しています。以下で例をご紹介しましょう。

5,PCCMについて

PCCMとはPatient-centered clinical methodのことで「患者中心の医療」を意味します。総合診療医、家庭医と呼ばれる医師たちが得意とします。医師の技法は多様で内科医は薬剤による治療に長けており、外科医はさまざまな器具を用いた手術法を習熟しています。その根底に有るのは「症状→身体診察→検査→診断→治療(薬物、手術など)」というプロセスです。

PCCMは科学的な診断・治療に加え一人ひとりの患者が抱える諸々の事情を考慮した上で、それぞれにあわせたの検査や治療方針を立て、医師と患者の双方が納得いく治療を展開する臨床技法のことです。これは患者さんの望み通りの医療を無批判に提供するだけでなく、「・・様」とお客様扱いするだけの医療でもありません。医師と患者の関係で議論を重ね共同作業で医療を作り上げていくというイメージが近いでしょうか。患者中心の医療を図にすると以下になります。


(1)狭義の患者中心

①自分の考えや気持ちに沿っていること ②じっくり話せること、十分な知識を得られること ③家族らと一緒にいられること

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(2)広義の患者中心

上記1、に加えて 2、身体的な安静 3、心の支え4、継ぎ目のないケア も含まれます。

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またこの分野でよく登場するMUSという概念にも触れておきます。「医学的に説明できない症状」のことを英語でMedically Unexplained Symptom といいMUSと略されます。これは文字通り様々な症状があり、十分な診察や検査等をしてもその原因を医学的に説明できない状態を指しています。厳密にはさらに類似する概念として機能性身体症候群(functional somatic syndoromes:FSS)、身体症状症(somatic simptom disorder:SSD)などがあります。FSSは「訴えられる症状やや苦悩の程度が確認できる組織障害の程度よりも大きいという特徴がある症候群」のことです。過敏性腸症候群や機能性ディスペプシア、線維筋痛症など個々の診断定義が整っているものもあります。精神面→身体面に影響を及ぼしていると考えられることが多いです。SSDは「一つかそれ以上の身体症状を訴える者のうち身体症状や健康に関する思考や行動、感情が過剰であるもの」と定義されています。FSSとの違いは器質的疾患の有無を問わないという特徴があり身体面→精神面に影響を及ぼしているという見方もできます。不安障害や精神障害の合併も少なくありません。MUSはこれらを包括する概念で一般的には自律神経失調症、不定愁訴などという呼ばれ方をすることもあります。

そもそもですが、「疾患がないのに症状がある(取れない)のはおかしい」という考え方が患者だけでなく医療者にもある場合があります。また慢性疾患のようになかなか改善しない病気も決して少なくはないのです。その時に症状を消す事に注目せず今の状態をよりよくする、QOLあげるwell beingという考え方が役に立つ事も多いのです。

鍼灸院へMUSが疑われる方が来所した場合「まずは器質的疾患(病気)でないか?」の確認が重要です。私の鍼灸院では、病院でどんな検査や診断を受けたか?どんな薬を処方されたか?(業務範囲外のため減薬指導などはしません)まずは聞き取り把握していきます。ほとんどの方は病院で検査や診断を受けて「異常がない」と言われていますのでさほど心配はありませんがアメリカのプライマリケアクリニックでは診断エラーも5%生じるというデータがあることを頭に入れておく必要もあります。★5  薬剤の副作用や内分泌・代謝疾患、自己免疫疾患、精神疾患などが隠れている可能性もあります。女性では更年期障害やPMSなどの女性特有の問題と混同される場合もあります。そのため(経過観察等)病院への通院継続を勧めます。患者希望や状況によっては漢方内科や婦人科などの通院も勧めることもあります。まずは鍼灸院でもしっかりとお話を聞かせてもらいます。鍼灸治療も並行して行うことで改善に向かうことも多いです。

6,BPSモデルについて

BPSモデルとは生物心理社会モデル(bio psychosocial model)のことです。ジョージ・エンゲル(George Engel, M.D. ,1913–1999)が1977年に提唱した概念で、生物医学(Biomedical・バイオメディカル)モデルになり代わる、新しい医学観の提唱であります。最もバランスのとれた医療の研究は、人間の存在を「生物・心理・社会性」(Bio-Psycho-Sociality)として統合的に見ようとする立場だという考え方をします。登場した時代の順序もバイオメディカルモデル → のちにバイオサイコソーシャル(BPS)モデルとなります。人間の身体の成り立ちは、生物医学・心理・社会的な要素がそれぞれ分離しているのではなく、相互に作用し、かつ総合的な性質をもつという考え方をします。したがって人間の不調や病気は、生物・心理・社会の複合的な問題からなり、それぞれの側面における対処を試みるだけでなく総合的に人間をみる必要があるのです。

(1)「心理社会的因子」という視点が重要な「心身症」とその例

検査の結果異常はないものの症状が取れない心療内科的な疾患が多いです。前述のMUSにも近い話ですが一例をあげますと以下です。

慢性疼痛(痛みが取れない)、なんとなく疲れが取れない(自律神経失調症といわれるもの)、胃腸の不調(機能性ディスペプシア・慢性胃炎・過敏性腸症候群)、うつ傾向、パニック障害など・・・

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上記は一例ですが鍼灸院でもよく見られる疾患です。すべて心身症という見方もできます。心身症とはストレスが身体症状の発症及び持続の原因となっている病態です。患者の物語である(illness=病い)はあまり考慮されず検査の結果異常(Disease=疾患)なしと言われるもそのギャップが顕在化していると見ることもできます。もちろん、中には病気が隠れている場合もあるので「どのような薬を飲んでいるか」、「どのような検査や診断を受けたか」など把握はとても大事になってきます。

、、、以上簡単に現代医学的な身体全体の見方例を2つあげてみました。ほかにもさまざまな考え方・技法がありますが重複するものもあるため、ここでは省略します。

★3:全訳 鍼灸治療学(たにぐち書店)

★4:建築と美術・岡倉天心と日本の文化

★5:The global burden of diagnostic errors in primary care

最終章、その4、人はどんな状況で補完代替医療に頼るのか?へ続きます。

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