(詩)点描

熱いアスファルトの起こす
上昇気流に逆らって
風はあきらめずに
何度も路面へ吹きつける
かげろうは沸き立つ
二つの流れに身を翻しながら
風もまた熱を得て
上昇気流に呑まれ
やがて入道雲となる

路傍で力尽きた虹色の甲虫
遮るものもない日差しは
硬い殻がとじこめる最期の潤いを
魂をすくうように蒸散させる
しかし 殻の表面がたたえる
静かな極彩色は
太陽に奪えそうになく
むしろその光を奪いながら
やがてその色あいをより強めていく

木陰にゆれる花の太い茎を
そろそろと一匹の黒い蟻が登る
蟻は花びらを器用にクライミングし
花粉と蜜を秘めた蘂へたどり着き
ひとしきり蜜を集めると引き返し
道路を通り 巣の寸前で
通りがかった人に踏まれた
花は淋しそうにぬるい風にひと揺れし
やがて訪れるだろう虫を待ち続ける

街路樹の幹の薄暗がりに
蝉がしずかに羽化をする
夕刻のグラデーションの中
仲間たちの祝福の時雨に呼ばれて
茶色い被覆をゆっくり裂いて
現れるはかない翡翠色
ステンドグラスのような羽は
夜のとばりに包まれながら
やがて透き通ったはりを得る

炭酸水のボトルの中
圧を解放された気泡は
大気を求めて浮きあがり
小さな音を立てて消える
ボトルの外の水滴は
大気の水分をとらえながら
重力にまかせてしたたる
刻一刻と炭酸は抜け
刻一刻と雫はテーブルを濡らし
やがて炭酸水は室温の水となる

飲みかけのまま放置された
チューハイの入ったグラス
明け方でもつけたままの
照明に迷い込んだ蛾が
飛び込んだグラスの中でもがく
泥酔しそのまま寝に入った男は
通りがかる救急車のサイレンにも構わず
扇風機に寝息をたなびかせる
蛾はゆっくりと動きを止めて
やがてグラスの波紋も止まる

火葬場のロビーに
大声で泣きじゃくる子供
泣いているのは大好きな祖父が
夏の盛りに急に逝ったせいだけではない
荼毘にふされ小さな陶器におさめられた
祖父のたたえる無情と無常
それがあまりにも受け入れがたかった
やがて泣き止むだろう子供にとっては

数日前 主を喪った家の庭の
こぢんまりとした畑
葬儀で出払った家族のかわりに
留守番している近所の知人が
実った果物や野菜をいとおしそうに
西日の中で眺めている
毎年おすそ分けされるトマトたちは
今年も真っ赤に熟れてはちきれんほど
かってにもいで食べていいはずと
親族からは言われたが
彼は思った 自分のためでなく
やがて帰る親族のためにもいでおこう

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