(詩)ホテル アンダルシア

アールデコの本館
ストリームライン・モダンの別館
アールヌーボーの貴賓館
手の込んだ三つの様式が
間抜けで仲良しなケルベロスのように
雁首そろえてまろやかに共存している
安普請ではないにしろ
奥座敷の温泉街にあるにしては
どことなく突飛な温泉ホテル

源泉かけ流しの大浴場も露天風呂も
やけに大きな宴会場も土産物屋も
90年代から取り残されたゲームコーナーも
ずいぶん前に閉鎖されたディスコも完備
ホテルアンダルシアへようこそ
日帰り入浴大歓迎
オリジナルの温泉饅頭の名前は
アンダルシア饅頭

オーナーはこのホテルに
当時流行ってた洋楽の名前を
付けようとしていたが
うろ覚えのおかげで
カリフォルニアではなく
アンダルシアとつけてしまった
そんなどうでもいい話を
口髭はやしたフロントの男から聞いた
ちなみにオーナーは
その歌をを三回しか
聞いたことがなかったという

アルハンブラ宮殿とも
コスタ・デル・ソルとも
いっこも関係がないこのホテルに
おれたちがここに求めるのは
砂漠のただ中にあるホテルの
地獄のような切なさでも
川沿いのホテルの
超現実のシュールでもない
ただの一夜
こざっぱりとした秘め事
そののちの泥のような休息
そして同僚のために買う
適当で安っぽい土産物だ

ほどよく時代から周回遅れした内装は
ほどよく迷宮の様相
二人でほどよいダンジョンを
手ぶらで探検する
重厚だが様式のどことなくちぐはぐな
廊下をすこし奥に進めば
すぐに明かりのない部屋ばかりに
あまりにうらさびしくて
怖さすら引っ込んでしまう
おばけの類すら暇を持て余し
どこか別の廃墟へ行ったのか

ふと見ると薄暗い一角に
ひどく褪せた観光ポスター
そこには80年代の亡霊のような若い女
もはや表情を読みとるのも難しい
その隣には益荒男たちが立ち並ぶ
真新しいプロレスのポスター
しかしいちばん幽霊らしいのが
青白いポスターの中の残像とは
皮肉にしてもさびしすぎる

にぎやかなフロント近くに戻ると
嘘のようににぎやかで
変に手の込んだ内装が
人けのない廊下より
もっといきいきと浮いていた
内蔵の成長に比べ末端が肥大しすぎ
成長するそばから壊死するような
不憫な生き物を思わせた

そんなホテルなのに従業員の男たちは
みなしっかりした体躯をしていて
ものを持ち上げるときには
体をうまいこと元気そうに使う
横でツレはそれを見つめながら
お定まりの空虚な表情
不安とまではいかないがときどき思う
こいつは実はおれにすら
興味がないのかもしれないと

ゲームコーナーがあると必ず
クレーンゲームをやりたがるツレ
しかしいっこも取れたことはない
鄙びたゲームコーナーの景品もまた
取り残されたように古く見える
そして二人で古いシューティングを
特に感慨もなく遊び
それぞれやけに熱い温泉に
体を放り込み
合流した休憩所でぼーっとし
売店で買った地元特産の
ノンホモ牛乳を飲む

すがすがしく浴衣を着崩した
男たちの体がごろごろとだれる
無意味にロココ調な休憩所に
ぽつねんと飾られた
オーナーの自画像
成金趣味を隠せないほど外卑た
しかしものさびしげな面差し
振り向くとそこには
ポップコーンはいかがと手招きする
人なつこい無表情のハローキティ
それなりににぎやかなのに
どことなくすすけたこの場所で
何年もこの二人は
どうやら誰にも興味を持たれずに
ずっとずっと
顔を合わせつづけてきたようだ

部屋に戻っておれたちは
儀式めいた定型の情事を済ませ
飯を食い 歯を磨く
すると館内放送がかかる
宴会場のプロレスが始まると
宿泊客は無料で観戦いただけます
この機会にぜひ熱い闘いを
ご覧くださいと副支配人

このホテルの売りは
温泉でも変な名前の饅頭でもなく
実はプロレスだったらしい
所属選手はみな男性従業員で
皆いいガタイなのはそのせいだった
彼らは週二回 宴会場で興行を行うという
トップ選手は
オーナーの義理の息子である支配人と
経理をつとめる若い男
今日のメインエベントは
トップ選手同士の
スペシャルシングルマッチという話だ

おれたちはなんとなく
興味を持てないままでいたが
暇を持て余した末に
試合を見に行くことにした
そういえばおれたちの初めてのデートは
後楽園ホールでのプロレス観戦だった
おれがプロレスを観てたのは十年以上前
ツレに至っては観たことがなかった
職場の知り合いがいる小さな団体で
彼からタダでもらったチケットだった
そして観にいってからほどなくして
団体自体がなくなってしまったのだった
そんなことを思い出しながら
ほの暗い廊下を歩く

宴会場に設けられた
年季の入ったリングには
布面積の狭い黄色のショートタイツに
黄色のレガースをつけた
五十がらみだが体にはりのある支配人
そして黒と赤のロングタイツの
やや小柄だが逆三でキレた筋肉の
経理の若者
リングアナの副支配人によるコール
ゴングが鳴り
二人はがっちり手四つ

ロープ際へ追い込む支配人
口髭はやしたレフェリーが
反則カウントで引き離す
クリーンブレイクかと思わせて
支配人は若者に一発張る
ハンマースローからの
ロープの反動でフライングフォアアーム
ガツガツとしたエルボーの応酬
エネルギーのぶつかる乾いた音

支配人のストンピングは芸術的
若者の胸のすくよなミドルキック
滞空時間の長いブレーンバスター
入り方がスムースすぎるDDT
低く速いパワースラム
観客の顔すら痛みで歪めるボストンクラブ
豪勢だった宿の料理にも劣らない
一進一退の攻防のフルコース
しかしその末若者の放った
その場飛びムーンサルトは
支配人の立てた両膝の剣山でピンチを呼ぶ
20分経過したところで
支配人のSTFが若者をとらえるが
息も絶え絶えロープブレイク

老獪だがはつらつな支配人と
劣らず巧みでスタミナあふれる若者
闘いは場外にもなだれ込む
観客の目の前で
固い場外の床へボディスラムで
叩きつけられる若者
もみ合いを経て
場外カウントギリギリで入った両者
しかしリングへ戻る一瞬のすきをついて
どこから入ったかわからない卍固めで
若者は支配人をとらえ弱らせる
ついに困憊した支配人に対し
若者のパイルドライバーが炸裂
そして片海老固めで3カウント

温泉宿まできておいて
無味乾燥なまぐわいを
さっさとこなしたおれたちも
気づくと肌を合わせる二人に
情事めいたものを感じていて
もうこの後のカードは
確定してしまっていた
四角いジャングルが
ロープをそなえた正方形であるとは
限らないのだ

そして約束をもう一つかわす
また今度
もう一度このホテルに
プロレスの試合がある日に来よう
そのときは第一試合から
観ることにしよう

奥座敷のワンダーランド
ホテルアンダルシアへようこそ
名物は源泉掛け流しの温泉と
厳選素材のアンダルシア饅頭
そして従業員による
週二回のプロレス興行です
温泉並みに 地熱並みに熱い
肌と肌 筋肉と筋肉のぶつかり合いを
心ゆくまでご堪能ください

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