セコハンの夏

中古屋で買ってきた
すこしさびの浮いたママチャリで
無風の街を走る
前かごに入れた
トートバッグのなかで
図書館に返す本が
がちゃがちゃと騒ぐ

小学生がだんごになって
プールのにおいをさせながら
涼しい顔をしてすれちがう
芋を洗うような学校のプールで
夏休みの午後をやりすごした記憶が
塩素の残り香にひそむ

全ての夏が
全くすばらしいとは
口が裂けても言えないが
夏休みがあるかぎり
どうしようもないほど
夏休みのために生きてきた

夏休みというものが
なくなるくらいの歳になると
同じ夏は来なくとも
毎年ただただ
手垢のついた夏にしか
出くわさなくなった

図書館にむかって
きしむペダルをこぎながら
ここ数年の夏を思い出すが
ただの暑かった季節だと扱った
そんな記憶しかなかった

毎年いちねんが短くなるように
毎年誕生日が重荷になるように
毎年イブがただの24日になるように
夏はどんどんただの夏になる

どこかで見た夏
だれかが手にとって飽きた夏
親類のおさがりの夏
払い下げられた夏
どれもセコハンの夏

古いアニメの
再放送をやってるような
夏休みの午前中の あの
古くてまあたらしい時間を
ていねいに切り取って
オークションに
出してくれる人がいたら
有り金ぜんぶ
全財産ぜんぶ
はたいて落札してやりたい

やがてセコハンの自転車は
夏の日差しに熱をこめさせられながら
図書館へたどり着く
前かごから取り出した
トートバッグの中
そのうち一冊は
もう何度も読んだ
誰も知らないような小説家の短編集

不思議とどこにも売ってなくて
ネット通販やオークションでも
手に入らないくらい
細かすぎて伝わらなくて
マイナーで不思議な本

高校二年生の夏休み直前に
学校の図書室で出会って借りて
恋人もいない夏休みのあいだ
気に入った短編の主人公と
口癖が同じになるくらいまで読んだ本

ここの図書館に偶然見つけて
ここから何度も借りて
しゃぶりつくすように読んで
網膜の模様に本の全部の文字が
焼きついてるんじゃないか
そう思わせた本

自分の手垢がさんざんついた
図書館の本も
だれかの手垢のついた
セコハンの夏のかたすみに
置かれてるのだろうか
誰の手垢だとはわからんだろう
誰と誰と誰と誰と誰と誰…が
読んだかなぞ知るよしもなかろう

セコハンよりも古ぼけた本だ
セコハンの夏の先導には
もってこいな本だ
気に入った夏なら
何度繰り返しても損はない
手垢のついた言葉がいまでも
人の心の鍵をあけるように

新しい手垢をつけながら
この本を返す
知らない誰かに
セコハンの夏に宛てて

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