見出し画像

社有林の価値、研究林の価値

製紙大手の王子ホールディングスが、2024年9月19日のプレスリリースで自社社有林の経済価値を公開している。それに関する日経ESGの解説記事。

 「森林の経済価値を(投資家に)しっかり示していきたい」。王子ホールディングスの磯野裕之社長は、2024年9月の記者発表会でそう語気を強めた。同社は紙パルプや木材を産出する生産林と環境保護林など国内に合計18万8000haの社有林を所有する。このほどその森がもたらす水源涵養や土砂流出防止、生物多様性保全などの価値を試算し、それが年間5500億円に上ると発表した。
 森林は長らく、維持管理コストに見合うだけの収益を生まない「不良資産」と見られてきた。だが、30年までに自然の損失を止めてプラスに転じる「ネイチャーポジティブ」が国連で採択され、企業にもネイチャーポジティブ経営や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)開示が投資家から求められるようになると、風向きが変わってきた。
 5500億円は王子ホールディングスの時価総額(約5900億円)に匹敵する。それだけ価値のある森を維持管理してきた経営姿勢を訴えたいという狙いが磯野社長にはあった。

日経ESG

王子ホールディングスのプレスリリース

経済評価の結果が年間5500億円という数値やその値が会社の時価総額と匹敵するという点が目立つけど、ちょっと気になる点も。

まずは「経済評価」を過大評価しすぎない方がいい、という点。ここでの「経済評価」は「環境の経済評価」の意味で、自然環境の価値を貨幣単位で換算して評価しよう、というもの。当然、今回はいわゆる「環境」のうち森林を対象としている。
森林の価値のうち、木材の売買のように貨幣価値換算された価値が市場または相対取引で定まっているものもある(直接的利用価値)が、水源の涵養、国土の保全、生態系の保全の機能については、取引がないのでなんらかの試算をしないと貨幣価値は分からない。
今回はその試算方法として、林野庁がウェブサイトで公開している「森林の公益的機能の評価額について」を参照している。これは代替法と呼ばれる方法で、同上ウェブサイトで説明されている通り「ある環境サービスを、それと同程度のサービスを提供する財の価格で代替して評価する」手法のこと。

例えば、レクリエーション機能は、

 (4) 保健休養機能
 森林レクリエーションに投入されている費用をもって評価。(財)日本観光協会による調査をもとに、レクリエーション消費額に、旅先での行動で「自然の風景を見る」と回答した者の割合及び自然を構成する地目のうちの森林の割合(0.79)を乗じて評価。

森林の公益的機能の評価額について

保健休養機能を一つとっても、貨幣価値換算するためにかなり強い仮定を置いていることが分かる。加えて、この林野庁の評価が公開されたのは2000年(平成12年)。王子ホールディングスの今回の試算は、プレスリリースを読む限り、このウェブサイトの情報を参考にしていると考えられる。
当然、代替法で使う財の価格は時間と共に変化する。

つまり、5500億円という数値は、あくまで参考値であることを念頭に置いておく必要がある、ということ。王子ホールディングスの今回のリリースで重要なのは、貨幣価値換算の結果よりも、水源涵養量が約510万m3で1日当たり1,690万人分の生活用水を蓄え作り出す能力に相当していることや、生物が3,000種以上(うち希少種は約1,400種)生息していることだろう。
「王子の森」の総合的な価値の評価については、北大の先生方が取り組んでいるとのことなので、今後の情報開示を楽しみにしている。

もう一つ気になるのは、冒頭で紹介した日経ESGの記事で書かれている企業価値との比較。インパクトは確かにあるが、今回の社有林の経済評価は年間のフローの数値、時価総額(=企業価値の一つの捉え方)は株価×株の発行数でストックの数値。フローとストックを比較するのは、ちょっと違和感があった。

こういう森の価値評価と情報開示をまずすべき森林は、大学が所有する各地の研究林(演習林)だと思うのだけど、どうなんでしょう。
大学演習林協会のウェブサイト

どこの研究林や演習林でも、長年続けてきた研究をストップさせないための資金的な裏付けは必要だろうし、そのためには研究林の価値評価をして、公表することの意義はとても大きいと思う。国から大学に降りてくる予算は減り続けているわけで、例えば、そのノウハウを社有林の評価に応用するということで、寄付を引っ張るとか、そういう算段を考えてみるのもありか、思っている。私自身、まったく研究林の運営に関わってないので、ほんとに空想ですが。

いいなと思ったら応援しよう!