森林経済学サマースクール in スイス 体験記(その2)
◎NFZサマースクールとは?
このサマースクール、正式にはNFZサマースクールといいます。NFZは、Nancy(フランス)Freiburg(ドイツ)Zürich(スイス)の頭文字。この3つの街にある森林科学に関連する大学・研究機関のネットワークのことを意味します。このネットワークに所属する研究者がテーマを決めて毎年サマースクールをこの時期に開催しており、今年はスイスのWSLが主催。
「環境変化の中での森林経済学(Forest Economics in a Changing Environment)」をテーマに、ヨーロッパの第一線の研究者によるセミナーと大学院生による研究内容の報告が行われました。公用語は英語。講師は上記のNFZネットワークの研究者を中心に総勢10名あまり。曜日によってテーマが決められており、それぞれ午前中にレクチャーが3時間、午後は大学院生による現在の研究内容のプレゼンとなっていました。私は「日本において森林認証制度が普及しないのはなぜか?」というテーマで報告。修士課程の一年生ということもあって研究計画の報告となりましたが、世界各国の出席者からいろいろな助言を頂くことができました。
◎主催団体 WSL
WSLはスイス連邦がスポンサーとなっている研究機関で、森林・雪・ランドスケープをテーマとして活動しています。英語表記ではSwiss Federal Institute for Forest, Snow and Landscape Research。WSLは何の略かといえば、Wはドイツ語で森を意味するWald、同様に雪(Schnee)、ランドシャフト(Landschaft)ということで研究対象の頭文字を合わせたもの。今の組織形態になるまでには変遷があったようですが、100年を超える歴史を誇っています。
力を入れている分野の一つが雪崩の研究。雪の性質と雪崩との関係についての学術的な研究ももちろんのこと、9月から4月までの積雪シーズンにはスイス全土を対象にした雪崩予想を毎日発表し、自治体やスキーヤーに貴重な情報を提供しています。
ラジオをはじめウェブサイトやスマートフォンでも雪崩情報を確認できるとのこと。研究機関がここまで身近な例というのはなかなかないのでは、という感想をもちました。もう一つ、その分野に関係した面白い仕事が、スキーのナショナルチーム強化のための研究。このエリアだけは写真撮影禁止ということだったのですが、スキー板の構造や滑りについて、選手それぞれの特徴に合わせた研究が行われています。こういうところまで見せてもらえると、研究機関に対する親近感はとても強まります。もちろん、こういう流れは日本でも最近は見られるようになっていて、例えばJAXAやJAMSTECでは一般市民を対象にしたイベントを頻繁に開催しているようです。
◎参加者
世界各国から大学院生23名が参加。参加者リストには所属大学は記載されているのですが、出身国が記載されていないのでどの程度国際色が豊かなのかというのを正確な数字で示すことが難しいです。日本だと所属大学=出身国がほとんどのケースで当てはまると思うのですが、ヨーロッパの大学院では世界中から優秀な学生を集めていることから、留学生の割合が多い。例えばゲッティンゲン大学の森林学部の修士課程でいうと6つあるコースのうち2つが英語で開講しているコース。そのため、ざっと院生の三分の一は留学生と言ってよさそう。
僕が話した限りでは、コスタリカ・チュニジア・モロッコ・ブラジル・ネパール・ポーランド・ボリビア・ドイツ・スイス・オーストリア・ボスニア=ヘルツェゴビナ・イタリア・マケドニア・イラン・ベルギー・韓国といったところ。僕が現在所属しているゲッティンゲンの修士課程も国際色豊かなので似たような環境だったわけですが、日本にいたころにはこういう集団の中で議論をし、友好を深めるということはまずできなかったことを考えると、思い切って飛び出してきてよかったなあ、と思います。
いくら良い研究、良い仕事をしていても、それを相手に伝えられなくては意味がない。そして、インターネットが普及した今、日本国内だけを見ていては市場の流れを見失うのは必然です。そういったある意味厳しい、そしてある意味とても刺激的な、多様性のある世界で生き残れるスキルを今磨いているのだと実感しています。
ある日の大学院生の報告について、昼ごはんを食べながらオーストリアの大学院生と議論をしていると「あなた、ところで、レラスコープって知っている?」って急に聞かれました。レラスコープというのは森林の資源賦存量を計測する機材で、Vertexのような電子機器が普及する前には一般的だったもの。日本ではどうかわかりませんが、ヨーロッパの森林科学の大学院生は必ず森林計測の実習で使う機材なのです。
ただ、ちょっと突拍子もない質問だったので、なんでそんなこと聞くのかなあ、と思っていると、なんとその彼女の曽祖父がその機材を発明した博士だったとか。この博士の開発した計測方法は彼の名前を冠して呼ばれているのですが、まさか、と本当に驚きました。なんでもその高名な博士と子供の時に一緒にスケートに行ったときに撮影した写真がちゃんとあるんだとか。ひいおじいちゃんと同じ研究を志すっていうのはなんだかいいなあ、と思ったものでした。
もっとも彼女はジャーナリズムの学位も持っていて、どちらの道に進むのか考え中なんだとか。これから半年間はベルギーの首都ブリュッセルで取材の仕事をすることになっているの、なんて言ってました。日本よりも柔軟にキャリアを積むことができる環境がととのっていることの一つの例でしょう。もちろん競争は激しいし、脱落していく学生が多いことも事実です。
オリジナル記事公開日:2012年8月10日