ラーメン二郎とアダモちゃんと山田さんの話
あれはおそらく大学3年の頃のことだから、実に35年と少しばかり前のことだ。
僕は自宅から1時間20分ほどかけて大学の最寄駅にたどり着くと、音楽サークルの仲間や先輩に会う用事があればキャンパスまで行き、ない場合は、たとえ受けるべき講義があったとしても出席せず、大学のすぐそばにある「ラーメン二郎」に寄ってから帰るのが日常であった。
親にはつくづく申し訳ないことをした。
ある日、ゼミ仲間の貫太郎と一緒に二郎に並んでいると、ヒップアップの島崎俊郎さん、つまり、ひょうきん族で言うところのアダモちゃんが、ロケ隊を引き連れてやってきた。僕はそういうのはすごく恥ずかしいから、顔を伏せた。
アダモちゃんは、この時のラーメン二郎、つまり、現在のようにお弟子さんが多数育っている時代よりはるか前の、世の中にたった一つしかないラーメン二郎を、声高らかに紹介する。
そのあと、彼はいきなり僕の横にいた貫太郎をとっ捕まえて(格好のターゲットだと判断したのだろう)、卑屈な笑いを浮かべた貫太郎に向かってこう言った。
「おい、一万円やるからお前の前に並ばせろよ」
と。
むろん、芸人特有のボケであって、彼に傲慢な雰囲気など一切なく、並んでいた我々は大いに盛り上がった。
そして貫太郎は相変わらず卑屈な笑いを浮かべて「いいですよ」と答えた。
アダモちゃんは「ウソだよばーか」と言った。
そのとき僕はなぜか、
「俺の貫太郎になんてこと言ってくれてんだこの野郎」
と思ってしまったのだった。
そもそも、貫太郎にそこまでの思い入れなんかない。たまに「こいつイタイなあ」と思う程度の仲である。でも僕は悔しかった。
しかしその一方で、僕はアダモちゃんのことが好きだったし、彼に真の悪意があるとは到底思えなかったので、貫太郎と同様に卑屈な笑いを浮かべつつ、なるべくテレビカメラに映らないように顔を伏せたのであった。
アダモちゃんはそのあと、ちゃんと行列に並び、しかるのちに、今なお現役の山田さん、つまり、あのラーメン二郎の創業者が作ったラーメンを口にして、うめえ、うめえ、と叫んでいた。
むろん、山田さんに「うるせえよこの野郎」と叱られながら。
当時は「ニンニク入れますか?」なんて聞かれなかった。当然入っていたからである。
しかしある時、のちの、つまり今のカミさんを伴って店に行くと、山田さんはニコニコして
「ニンニク入れるう?」
とカミさんに聞いてきた。カミさんは「ハイ」と答え、山田さんは満面の笑みでどっさりとニンニクを入れたのであった。
山田さん!!!このあと!このあとがあああ
カミさんは、こう言っちゃ何だが世間知らずの箱入り娘だ。かなりの衝撃を受けたようで、この異様な食べ物を懸命に食べたが、とうとう残した。
カミさんがこの異様な、しかし麻薬のような常習性をもたらす食べ物にはまり込むのはもう少し後のことである。
山田さんと奥さんは、残したことを詫びる僕たちに向かって「いいのいいの」って言ってくれた。
あれから時が経ち、
アダモちゃんは先日、ひっそりと、
ほんとにひっそりと、
遠いところに行ってしまった。
僕はあの人の芸人魂や、人懐っこい笑顔をたまに思い出す。
山田さんのことは特別思い出したりはしない。
だって、現役だもの!元気だもの。