ソラを。
40代のある日、すでに喫煙場所に困る時代に差し掛かっていたころだった。
36階のオフィスを出て、ビルの外の、ここならば許されるだろうという道端に立ちすくんで、僕はタバコをくゆらせていた。バカじゃないの?そのとおり、バカだ。人は依存する生き物なのだ。タバコがなければ生きていることができない時期だった。
煙の行く末を眺めながら、僕は考えた。ここは銀座の外れ、新富町で、すぐそこに隅田川が流れている。川沿いを歩けば、いずれどこかに辿り着くし、どこにでも行けるではないか。さかのぼって歩けば、いつかどこかで利根川に突き当たって、あるいは国道17号に出くわして、故郷の前橋まで行けるかもしれない。なのにどうして俺はどこにも行けないんだろう、なんてことを。
すると向こうから、険しい顔をしたオバハンが近づいてきて言った。
「死ね」
と。
念のため言うと実話である。
見た目から察するに、夢の中にいる人だということは解ったが、それでも僕にはその言葉が深く刺さった。
だから僕は、いったん死んで(もちろんバーチャルなレベルで)生き直そうと思った。
そして今、僕は再びここにいる。
なんて都合の良い生き物だ。
ジョン・レノンが、「目を閉じていれば人生なんてたやすい」みたいなことを言っていたような気がする。
たしかに。
自分なりにその言葉を咀嚼すれば、
空を見上げていれば、
たやすくはないかもしれないが、
人生はなんとかなる。
などと思う。