今日を楽しもう。 > 私のゆたかさ
「ゆたかさ」に完璧な解答はない。
「ゆたかさ」は完成しない。未完だから、皆ゆたかを考えて、求めている。
日本には「わび・さび」の心がある。
特別な心。未完成を美しいと思う心。
私の敬愛する宮澤賢治も、農教師時代に書いた農民芸術概論綱要で、こう言っている。
永久の未完成これ完成である。
知る人は知っている、彼の名言。とても心に響く、優しい彼の言葉。
完璧を目指すことは活力になる。けれども、未完成の、物足りない世に美しさを感じた時、見えなかった景色を知る。
そのとき、人はゆたかさを覚える。
楽しく生きられるから。
楽しく生きられると、人は余裕を持つ。
余裕が生まれると、心は温かくなって、色彩を感じて、身体のキャンバスはカラフルになる。あの幸せは、自分がゆたかさを視る瞬間。
楽しく生きよう。楽しく生きよう。ゆたかさの秘訣。
私の人生は、幸福ともとれるし、不幸ともとれる。
生まれつきの感覚過敏だ。
小さい頃はバイクの音が怖いだけだった。
顕著に現れたのは中学生の頃。
機械の音を聞くだけで怖くて硬直した。人のざわめき音が苦手で、折角の遊園地も楽しめなかった。僅かな音に反応して勉強も集中できなかった。
人工香料で酔うから、友達とお洒落な香りの話もできない。
色味やフォントで見易さが変わるから、適当に本も選べない。
手を洗った後の水の感触が苦手で、ハンカチはすぐにびちょびちょになる。
食材の食感で気持ち悪くなることもある。
感情もそう。HSPではないけれど、傾向があるのか、他人の感情に感化されて体調を崩すこともしょっちゅうある。
だけど私は笑って生きている。
楽しく生きられている。
他にもたくさん。
学校のこと。家のこと。心のこと。
寂しいことも、けっこう、あった。
それでも未来に向かって少しずつ歩いている。
ここまでくるのに、本当に時間がかかった。
今は楽しいと胸を張って言える。
ぜんぶ、ぜんぶ、逆転して考えてみた。
ネガティブな性格だったから、真逆に考えてみたんだ。
感覚過敏は天から与えられた能力だと思った。
克服するために、やれることは何でもやってみた。
おかげで、今はざわめく駅の中を歩いても怖くない。耳栓代わりのイヤフォンも要らない。平常心でいられる。
他のも、少し敏感なところも、活かせるように考えてみた。
他の人が気付かない、細かい部分に気が付くから、利用してみた。
バイト先の仕事で効果が出た。気遣いができると褒められた。
人と違う自分を楽しんでいる。
経験は私を変える。
"私" で生きたくて、一人一八歳で家を出て、一人暮らしを始めて、考えが変わって、ITエンジニアを目指すことを決意した。
そんな私を見て、両親は学校に通うことを許してくれた。感謝しかない。
その先で、友達と学校生活をするという日々があった。
みんなとても優しい。今はオンライン授業だから、実際に会ったことがあるわけでもないのに、楽しいと思える。
人生、どうなっていくか、わからないものだ。
その学校で note を知って、自己肯定感を高めるために、いま毎日書いている。自分の思考を文字にすることで、自分を認めている途中。
始めると、見てくれたり、スキをくれる人がいた。
価値観や思考を嘲笑う人はいなかった。少し、自分を好きになれた。
人生、どうなっていくか、わからないものだ。
考えを変えてみた。
見える視界の方向を変えてみた。
自分の悩みも、過去の苦みも 、変わらないのに、景色が違った。
それで、行動を変えてみたら、今、学べる席が私にある。
人生で、一番楽しい。
楽しもうと思ったから、楽しくなれた。
無理に笑う。
口角をあげて、歯をみせて、目を細めて。
いつしか、腹から笑うようになった。
行動が心をつくるって、本当だったらしい。
ゆたかさに解答はないから。
未完だから、楽しもう。
辛いことも、苦しいことも、泣いてしまうことも。
明るい可能性を、善の綻びを、ひとつでいい、見つけて、信じて、考えてみて、行動してみて、生きてみる。
これ、けっこう楽しい。
異なる思考をもつ人間が好きだ。
新しいものが生まれていく、凸凹が楽しい。
だけれども、異なるからこそ、激しい喧嘩をする。
だからこそ、違いを受容して、共生していく未来を望んだ。
これをテクノロジーで実現したくて、今、学んでいる。
きっとそれには、ゆたかさが必要。
ゆたかさは、考え方を変えれば、あっさり生まれる。
考え方は視点を変えること、視点は楽しむことで変わる。
きっと大丈夫。いやな過去も楽しめた、明日も楽しい。
みんなちがって、みんないい。
金子みすゞの言葉を残して終わる。
ゆたかさに解答はないから、いくつ解答があってもいい。
全部正解。
そう思えたとき、あなたはゆたかになっている。