ワインに深入りしないワインの話(5)~ 松本白鷗が染五郎だったころ
自宅の夕餉は、ブロックベーコンと青梗菜のクリーム煮にしました。
別に凝ったわけではなくて、使いかけの粉末ホワイトソースが残ってたからというのが理由です。
弊家では、同居人同士で調理場担当を定期的に交代することになっているので、前任者が材料を使い残したまま、担当が交代することがあります。
あ、それで思い出しましたが、レストラン向けにワイン卸の商売をしていますと、これが痛く効いてくることがあります。
「これ」とは担当者の交代です。
ソムリエさんとか、資格はなくても飲料部門を任されている人とか、そういう方は「自分の色」を出すことに腐心します。
それは大変結構なことなんですが、年齢的に比較的若い方が多いせいもあるのかもしれませんが、ときどきその「強い想い」が極端に走ることがあります。
典型的なのは、ドリンクメニューの刷新です。
一部入れ替えなら未だマシなほうでして、これが「全トッカエ」に至ることもあります。
メニューを刷新するのがどうして悪いの?と思うかもしれませんが、別に刷新するだけなら、悪くもなんともありません。
しかし、メニュー変更に伴って、在庫の酒類を返品してくるお店というか担当者があるので、正直困ります。
ワインなどはデリケートなので、飲食店のセラーでもない場所に長く保管してあったような商品は、返品されたからと言って別のお客さんへ再販するわけにはいかないのです。
それで弊家の調理場の話に戻りますと、前任者が残したホワイトソースがあったので、こちらを作りました。
ここで青梗菜に引っ張られて鶏ガラスープの素を入れると、中華料理になってしまうので、ぐっとこらえます。
ベースの炒めにもオリーブオイルを用います。
マッシュルームではなく安価な椎茸を使っているのも、中華寄りの外観になっちゃう原因ですが、お味の方は生椎茸の深みのある滋味が生きています。
さて、これに合わせるワインが、冒頭の マンズ甲州シュ―ル・リー です。
もう日本ワインは隠れて飲むものではなく、表通りで堂々と飲める時代になりました。
「え?国産のワイン!? 冗談じゃないよ、勘弁してよ!」と言われ続けた昭和時代を知る者としては、まさに隔世の感とはこのことです。
甲州種は、長らく観光客向けのお土産用として、甘く作ることを余儀なくされてきました。
醸造専門家の間でも、辛口を作りたいのは山々だったのですが、なにせ売れなかったのですから、仕方なかったのです。
でも、現在はこうして辛口の甲州種のワインが、普通のスーパーでも何種類も数多く陳列されています。
こちらの造り手は、甲州種の醸造にかけては古手の一角をなすマンズワインです。
ここでまた昔話を一席。
いまの高麗屋の重鎮・2代目松本白鷗が若かりし頃、マンズワインのテレビコマーシャルに登場していたことがありました。
9代目幸四郎を襲名するよりも遥か以前、6代目市川染五郎時代のことです。
若妻の藤間紀子とワインを飲みながら気軽な食事をしている光景が、なんともナチュラルで、当時主流だった「演技に凝った演出」、つまり「わざとらしい作り込み」感がまるでなかったので、視聴者の眼には非常に新鮮に映りました。
で、キャッチコピーは「夫婦でワイン」です。
この広告が大当たりしました。
それで、売れたのはサントリーのワインでした。
配架率の問題もあったのですが、当時の視聴者には、「気の利いた酒の広告=サントリー」という図式が自動的に出来上がっていました。
なので、マンズワインが良い広告を流すと、視聴者は「サントリーの広告だ」と思い込んでしまったのです。
なかには酒屋を訪れて、「染五郎の広告してるサントリーのワインないの?」と言ってくる主婦が日本中で発生したといわれたものです。
時は流れて、こちらのワインは、2017年産葡萄による醸造です。
甲州種に特有の苦味走ったエグ味が、口の中で心地よく躍動します。
生椎茸の菌っぽい風味との相性も抜群です。
ちょっとこってりしがちな、クリーム系のベースをキレイさっぱり洗い流してくれるので、お口の中がフレッシュに保てます。
シュール・リー(澱=オリの上)という手の込んだ醸造法を用いているせいもあって、柑橘系などの豊かなフレーバーが鼻腔からはじける感触を満喫できます。
サイドディッシュは、ねじったパスタのサラダ!
これも弊家で長らくブームになっている献立です。
もちろん白ワイン対応の中心選手です。
いくら食べても、また、毎日食べても飽きることがありません。
パスタ部分をショートスパゲティにするとか、変化はいくらでもつけられます。
とはいっても、夕餉ですから白いご飯も欲しくなるのが人情というものです。
そこで、しらすおろしです。
ゆずの生産量が日本一の高知県は馬路村で作るポン酢をたっぷりかけて頂きました。
炊き立てのご飯をお代わりさせて頂きました。
もちろん、最後まで日本ワインが伴走してくれました。