サービスの半ライスは大盛り無料にはできません!
最近はリモートだなんだと働き方も大きく変わってきているが、僕は未だに毎日会社に通う昔ながらの会社員だ。そんな会社員としての一日の楽しみはランチタイム。少ない小遣いでやりくりするため、普段はお弁当を作って持っていっているが、週に1度くらいは外に食べに行くのが自分へのご褒美なのだ。
とはいえ、そんなに高いランチを食べるわけではない。近所の定食屋さんの日替わり定食だとか、ラーメン、コッテリ&ガッツリでコスパよくカロリーが摂取できるランチが好きだ。
今から5〜6年ほど前、郊外の営業所に異動になったことがある。都内の駅前ではあるが、コンクリートジャングルとはほど遠い、3階建以上のビルは僕が通う営業所が入っているビルくらいという場所だ。
そんな場所なので職場の近くでランチにありつけるのはチェーンの牛丼屋と中華料理屋、個人営業のラーメン屋に定食屋が1件ずつと、片手で足りるほどの店しかない。他にイートインのできるパン屋とカフェがあったが僕の好みではない。それでもたまに外食がしたくなり、それらの店にローテーションで通っていた。
ある日、某牛丼屋で焼肉定食を食べていたところ、同じ営業所で働く先輩社員が入店してきた。彼は入口近くの券売機で牛丼の券を買うと、店内を見回し、「お!キタニ君!君もここで食べてたの?」とこちらに寄ってきた。そして、「焼肉定食なんて豪勢だね〜、私は一番安い牛丼しか食べられないよ」などと言いながら僕の横の席に座ったのだ。
ひとりでゆっくりランチタイムを楽しもうと思っていたので、少し残念ではあったが、毎日顔を合わせているのに近くの席で無視というのも不自然だし、同じ職場で働く者同士、コミュニケーションは大切だ。僕は気を取り直し、先輩との会食を楽しもうと思った、その時であった。
先輩は店員に食券を渡しながら、信じられないことを言ったのだ。
「さっき、そこの券売機でクーポン使って食券買ったんだけど、50円引きのクーポンのはずなのに、30円しか割引きにならなかったんだけど」
本気か!?本気なのか?店員も「券売機で自動で読み込んでいるので〜」と説明しているが、先輩は食い下がる。ランチタイムながら店員の数はギリギリで回しているのでこんなイチャモンに付き合ってられあいと思ったのだろう。
「わかりました」
店員は1度説明してダメだとわかると、サクッと折れて、レジではなくバックヤードから20円を持ってきて先輩に渡した。もしかすると自腹だったのかもしれない。いや、20円のためにこんなアホなクレーマーに付き合ってられないよな。
僕は「券売機が間違えることはないんじゃないですか?クーポンの券面確認しました?」とやんわり注意したが、先輩はまったく気にとめる様子もなく、うまそうに牛丼をかき込んでいた。
その後、営業所内の他の同僚に聞いたところ、その先輩はドケチで有名な人らしく、あちゃー、という顔でこう言われたのだった。
「あの人ならありえる。飲み会の割勘とかも誤魔化そうとするんですよ。ご愁傷さまでした。」
そんなわけで、僕はその日からその牛丼屋に行くことはなくなった。ローテーションから1つ減ってしまったが仕方ない。他の店に入るときは、先輩と鉢合わせしないように細心の注意をはらった。ランチタイムは先輩よりあとに営業所を出て、店内に先輩がいないことを確認してから入るようにしたのだ。
そうやって、店内に先輩がいないことを確認して入ったラーメン屋で、僕は安心してラーメンを食べることにした。その日はたまの贅沢でチャーシューと味玉を追加でトッピングしていた。当時の外食ローテーションの中で一番お気に入りのメニューだ。
ところが、先に営業所を出たはずの先輩が、僕から遅れること5分ほどして、このラーメン屋に入ってきたのだ。コンビニにでも寄っていたのかもしれない。いずれにしろピンチである。
僕は先輩に気づかないような素振りで、できるだけ顔を下に向けてなるべく高速でラーメンをすすった。しかし、そんなことは無駄な抵抗だった。先輩は一瞬で僕を見つけると「お!キタニくん!君も来てたの?」と、あっという間に距離を詰め、僕の座っているテーブルの向かい側にやってきた。
そして、今日は大丈夫だろうか、なにかとんでもないことを言い出さないかと心配する僕を横目に、すみませ~んと大声で店員を呼ぶとこう言ったのだった。
「ラーメン一つと、あと前回もらった、コレ、半ライス無料券使えますか?半ライス大盛りで!そこに大盛り無料って書いてありますもんね!」
サービスの半ライスを大盛り無料にしろだと!?前代未聞の要求だ。それはすでに半ライスではないだろう。
僕はあまりの自体に耳を疑った、しかし、それは事実だった。そして、僕はその営業所にいる間、ランチタイムに外食に行くことをやめたのだった。