稲穂健市の知財コソコソ噂話 第14話 オリンピックの商標
熱戦が繰り広げられた2024年夏季のパリオリンピック(パリ五輪)が、現地時間の8月11日に幕を閉じました。東京五輪が1年遅れて2021年の開催だったことから、随分と早く次が巡ってきたという印象があります。
ところで、2021年の東京五輪の際、IOC(国際オリンピック委員会)などの知的財産に関する強硬な主張が話題となりました。五輪大会は多額の資金を拠出するスポンサーなしでは成り立たないため、スポンサー以外の企業などが五輪のロゴを使ったり、五輪を想起させる宣伝活動をしたりすることを封じたい主催者側の姿勢は理解できます。しかし、商標法、著作権法、不正競争防止法などによる保護の範囲を超えた極端な主張がなされたことで、多くの反発を招いたことを記憶されている方も多いのではないかと思います。
例えば東京2020組織委員会は「大会ブランド保護基準」において「2020スポーツの祭典」「目指せ金メダル」「2020へカウントダウン」などを使用しないよう呼び掛けていました。これらの言葉は商標登録されているわけでもなく、また仮にそうであっても、商品・サービスの「目印」として使用しない限り、そもそも「商標」としての使用には当たりません。また、著作物と考えるのにも無理がありますし、不正競争行為に当たる可能性もなくはないものの、かなりレアなケースでしょう。
大会開催前に各国の組織委員会が持っていた商標権等の権利は、閉会後にIOCへ移管されます。実際、東京2020組織委員会が持っていた、東京五輪の招致活動のロゴ(商標登録第5464947号など)、大会エンブレム(商標登録第6008759号)、大会マスコットのイラスト商標(商標登録第6076124号)などの権利はIOCに移譲されています。
かなり古い時期に登録された商標についても、抜かりはありません。例えば1918(大正7)年12月に登録された「OLYMPIC」(商標登録第99160号)はIOCが権利者となっています。実は、もともと五輪とは何の関係もない個人が商標権を持っていて、IOCがそれを譲り受けたものです。1918年当時は、著名な非営利公益事業を表示する標章と同一・類似の商標の登録を認めないという商標法4条1項6号に相当する規定がなかったことから、このような登録も可能だったわけです。同じように、「聖火」(商標登録第392094号)などもIOCが譲り受けています。
IOCは他者の商標登録を消滅させる活動も行っています。もっとも現行の商標法でも「オリンピック」という言葉そのものが独占できるわけではないため、数学オリンピック財団の「アジア太平洋数学オリンピック」(商標登録第4926120号)、「日本数学オリンピック」(商標登録第4926121号)、「日本ジュニア数学オリンピック」(商標登録第4926122号)に対してはIOCが異議申立てをしたものの、「全体として類似しない」などの理由から認められませんでした。
また、IOCは自らも積極的に商標登録を進めています。今さら感がありますが、2019年2月に、文字商標「五輪」を登録することに成功しました(商標登録第6118624号)。ただし、IOCのライセンス活動を疑問視する弁理士らが、2019年4月に異議申立て、2021年9月に無効審判請求を行っています。これらはいずれも認められませんでしたが、さらに2024年2月に不使用取消審判が請求されました。今後の特許庁の判断が気になるところです。
『発明 THE INVENTION』(発明推進協会)2024年10月号掲載