稲穂健市の知財コソコソ噂話 第15話 フォーマットと知財
今年の夏季休暇はインドネシアを訪れ、首都ジャカルタではアイドルグループJKT48の劇場公演を観てきました。現地のファンの熱気に圧倒されましたが、客層のほとんどが若い男性だったため、中年の筆者はかなり目立っていました。ご存じの方も多いかと思われますが、JKT48は秋元康氏がプロデュースするAKB48のビジネスモデルを「フォーマット」として海外展開したものです。
実は、こういったアイドルよりも前から、テレビ番組の「フォーマット」は国内外で広く取引されてきました。例えば筆者が米国で暮らしていた2000年代は、『料理の鉄人』の米国版が現地でテレビ放映されていましたし、その一方で、英国のクイズ番組『Who Wants to Be a Millionaire?』の日本語版である『クイズ$ミリオネア』が日本国内で人気を博していました。
ところで、「フォーマット」とは何なのでしょうか?ビジネスモデルの観点からは、「フォーマットバイブル」と称する文書にコンテンツ制作などに必要な情報を全て盛り込んだ、一種の仕様書とされています。英国BBCの「Television Format Agreement」など、一般に公開されている契約書のひな型も存在します。ちなみにBBCのひな型では、フォーマットは「設定、登場人物とそれらの関係、テーマ、物語の展開方法などの要素から構成される、文章またはその他の方法で記録されたテレビ番組またはオンライン視聴覚作品のための独創的なアイデアの表現」(筆者訳)と定義されています。
知的財産のようでもありますが、日本はもちろん、ほとんどの国では、知的財産法の体系でこうした「フォーマット」を直接保護する法律はありません。もっとも、フォーマットバイブルそのものは著作物ですから、それ自体やその翻案物は著作権で保護されます。また、フォーマットを基に表現されたものに著作物が含まれていれば、著作権法による保護が、登録商標や登録意匠が含まれていれば、商標法や意匠法による保護もあり得るでしょう。
知的財産法の保護の対象外であっても、他人の「法律上保護される利益」を故意または過失によって侵害した場合は、不法行為に基づく損害賠償責任が発生します。著作権の保護期間が満了した書・錦絵や日本国内で著作物として保護されない北朝鮮映画の無断利用については不法行為が認められませんでしたが、その一方で、著作権は否定されたものの、データベースや新聞の見出しの無断利用については不法行為が認められました。最近では、某出版社がJASRACの許諾を得てバンド音楽を聞き取って制作した楽譜(音楽をそのまま再現したものなので著作権は発生しない)を販売し、某ネット企業が類似の楽譜を無断公開したことでその売り上げが激減した事案で、今年6月、東京高裁はそのネット企業に約1億7000万円の損害賠償を命じました。
このように他人が汗を流して一生懸命作り上げたコンテンツに「ただ乗り」して損害を与える行為については不法行為が成立すると判断されることもあるわけです。しかし、アイドルグループやテレビ番組のフォーマットの無断利用にこのロジックを適用するのは難しいかもしれません。とは言いながらも、これだけ世界的に「フォーマット」の取引が広がり、さらに誰でも動画を制作・発信できる世の中になったのですから、もう少し法的な整理が進むのが好ましいようにも思われます。
『発明 THE INVENTION』(発明推進協会)2024年11月号掲載