スタートアップのマーケット論その3: マーケットダイナミクス
マーケットサイズについてのNoteでSequoiaのDon Valentineのインタビューを載せました。そこで彼は、マーケットの大きさだけでなく、マーケットダイナミクスや競争環境についても言及しています。
We have always focus on the market, the size of the market, the dynamics of the market, the nature of the competition because our objective always was to build big companies. If you don't attack a big market, it's highly unlikely you're ever going to build a big company.
我われはつねに市場を重要視してきた。マーケットの大きさ、マーケットダイナミクス、競争環境。なぜならば我々の目的は常に大きい企業を作ることにあるからだ。大きい市場で勝負しない限りは、大きな企業を作ることができる可能性は限りなく低い。
いくらTAMが大きいマーケットでも、競争環境が熾烈だとマージンが小さくなり誰も儲からない市場になってしまいます。そして、大切なのは競争の熾烈さは思っているほど"競合の数"にはよらない、ということです。競争の熾烈さを決めるのは事業を行う競合のアグレッシブさや、ダイナミクスです。
ネットワーク効果を求めた競争
その事業を行っているのが2-3社だけかもしれないが、両社が1ダウンロードも、1ユーザーも負けたくないという思いから広告費用を積み続けて、CPAは上がり、赤字は積み上がり、収益化が見えない。このような例はいくつも思い当たると思います。
SNS/メッセンジャー、マーケットプレイスなど、ライドシェア/フードデリバリーなどネットワーク効果が比較的強い領域ではユーザー数の多さがサービスの価値に広がり、Winner-takes-all(勝者総取り)になるため、ユーザー獲得競争は理にかなっています(ネットワーク効果の強さは各バーティカルによって異なり、SNS>マーケットプレイス>ライドシェアだと思っています)。
Facebook以降からUberまでの2000年代半から2010年代の15年間はまさにそのような競争が、SNS、マーケットプレイス、ライドシェア/フードデリバリーを中心に起きました。このような流行のビジネスモデルに、潤沢なベンチャーキャピタルの投資額が加わり、winner-takes-allを狙った熾烈な顧客獲得競争がおきました。そのような業界で起きるのは、まずはユーザーを獲得し、(ときに買収を繰り返して)独占状態になってから収益化を考えることです。
ライドシェアとフードデリバリーの買収
ライドシェアやフードデリバリーは買収によるその代表的なマーケットです。フードデリバリーでは、GrubhubがUberとJust Eat TakeawayやDelivery Heroの買収合戦になったように(結局Just Eat Takeawayが買収することが今朝決まったようです)、これまでも数多くの合従連衡が起きてきました。買収報道が出たGrubhub自体も、オフィス向けフードデリバリーのSeamlessやキャンパス向けフードデリバリーのTapingo(DCM投資先)など10社以上を買収しています。
買収はアメリカだけではありません。ヨーロッパはさらに活発で、この度Grubhubを買収するJust Eat Takeawayは買収合戦となったDelivery Heroからドイツ事業を2018年を譲受し、さらにそのDelivery Heroこそヨーロッパだけでなく、韓国、南米などで買収、投資を繰り返しています。
2011年からDelivery Heroは32件の買収と15件の投資を行っています(Pitchbook上で把握できるもののみ)。下記の表がDelivery Heroの投資や買収の件数です。
Delivery Heroは韓国第一位のフードデリバリー企業Woowa Brothersを約4000億円で買収しました。そしてDelivery Heroは韓国2位のYogiyoの親会社でもあります。
この合従連衡を進める戦略の裏には競争を避け利益率を高めたいという思惑があります。これらはもちろん独占禁止法違反の可能性がないかが大きな課題になり、今回のGrubhubの買収でUberが勝てなかった要因の一つだと言われています(Just Eat Takeawayは米国企業ではないため)。
このようにフードデリバリーでは毎年のように合併が各国で行われてきました。
<Uberのしたたかな買収/売却戦略>
ライドシェアでは、Uberは世界中に進出して、マーケットリーダーとしてのポジションが取れない場合は、売却ないしは買収を繰り返してきました。
中国では2016年にDidi Chuxingに中国事業を株式交換にて売却。2018年には同様に東南アジアの競合のGrabに事業譲渡。2017年にはロシアで競合とJVを作りUberとしては撤退しています。
注目したいのは、各案件でUberは競合の株式と交換する形式で"その市場の独占ポジション"を間接的に獲得していることです。UberはDidiの株式をおよそ15%(約8000億円)、Grabの20%以上(約3000億円)を保有しています。
Uberは戦略的撤退によって価格競争やユーザー獲得競争を避け収益化に向い、その中で残ったプレイヤーの株式を保有することで、その市場からのアップサイドを得ています。事業譲渡を受け株式を受け渡すDidiやGrabからしてみても、それがwin-winでありいかに競争を避けたいと考えているかが透けて見えます。
Uberは戦略的撤退だけではなく、ときに市場によっては既存プレイヤーを買収することでマーケットリーダーのポジションを得ることもあります。上場直前の2019年3月、Uberは中東の競合であったCareem(DCMの投資先です)を約3400億円で買収しました。
Careemは買収後も、Careemブランドを保ち(=Uberに置き換えられない)、創業者もCareemの経営陣として残ります。すると、こちらは買収ではありますが、先の事業譲渡のケースと比べても、結局は1)競合と合併し競争をなくし、2)Uberは合併先の株式をマジョリティ/マイノリティにかかわらず保有し続け、3)オペレーションは自社では行わない。というライドシェアに係るファンドのような投資意思決定を行っています。
ネットワーク効果競争の激戦地: 中国
中国ではさらにこの競争が熾烈です。ライドシェア、フードデリバリー 、バイクシェア、あらゆる領域で資金力を用いた競争が行われます。
DCMの投資先で中国でいち早くライドシェアを始めたYidaoという企業がありました。2013年に投資を行い、2015年まで順調に事業を伸ばし、中国のライドシェアは2015年当時Tencent傘下のDidi, Alibaba傘下のKuaidi, Yidaoの3社による三つ巴でした。2015年2月DidiとKuaidiは合併を発表し、2015年7月にTencent, Alibaba含めた投資家から約2000億円の調達を行います。これは調達金額としては当時世界最大と言われています。その資金量をバックに、Didiは強烈なユーザー獲得戦略に打って出ます。ユーザーには大量のクーポン、ドライバーにもほぼ倍のインセンティブ。これを続けることで、Didiはシェアをさらに獲得し、Yidaoは市場から去らざるを得ませんでした。
競合の数にしても中国は世界的にも群を抜いています。ユーザー間で融資を行うP2Pレンディングの企業数の推移が以下のグラフになります。
一時期、なんと最盛期には4000社近く(統計によっては4500社)に上り、そこから競争の激しさによって現在1/10以下の300社程度が市場に残っているようです。
このように、競争の数も、競争の激しさも、どちらも極めて熾烈なのが中国です。
中国の競争はスタートアップ間だけではありません。AlibabaやTencentなどの大手企業こそが最も驚異的な競合になります。スタートアップがある領域で成功していた場合、無数のスタートアップの競合も現れますが、大手企業もコピー製品をすぐに出してきます。DCMのB2B SaaSの投資先は課金も成功、順調にARRを積み上げ700億円程のバリュエーションになっていました。するとAlibabaがほぼ同じプロダクトをローンチし無料で配り始めました。巨額の資金と営業網を持つ大企業を相手に、この企業もこの領域を去らざるを得ませんでした。
大企業や外資系ユニコーンは競合になるか
日本ではスタートアップの競合数は多くならないものの、大手テック企業や外資系ユニコーンが競合にいるかどうかが気になる方が多いと思います。中国と同様、これらの大手の競合は資金量でスタートアップに勝ります。
一方で、強大な大企業がいたとしても、競争環境が熾烈にならないことはよくあります。その大企業の動きが遅い(社内の体制のため、優先順位や予算繰りのため、システム構成のため等)ため、実はスタートアップにとって、"Window"(有利に事業を展開できる期間)が長かったりします。その大手企業の内状がどうなっているのか、優先順位はどのようになっているのか、素早く動ける体制、動く意思があるのか、確認しましょう。
外資系ユニコーンが競合のときもそうです。もちろんプロダクトは海外スタートアップのほうが優れているでしょうし、資金力もあると思います、一方で社内のコンプラ体制や本国の承認プロセスのためオペレーションに関わるような意思決定に驚くほど時間がかかることもあります(これは外資系で働いた事がある方なら理解ができるかと思います)。広告の文面、ウェブサイトの翻訳、採用の求人情報の作成、それらに承認が必要になる企業もあります。
どちらのケースも、大手やユニコーンとは言え、個社ごとに、また事業ごとに機動力は変わってきます。ですから、資金量があるからといって怖がりすぎることもなく、軽視することもなく、相手をよく研究することが大切かと思います。資金量があり、まるでスタートアップのように動く大手企業には気をつけましょう。
そして、何よりもスタートアップにとっての強みはスピード。Y CombinatorのSam AltmanやSequoiaのDoug Leoneなどは口を揃えて「スタートアップの1番の強みは実行のスピード」と言います。まずは相手を知り、そしてスピードを決して失わないようにしましょう。スピードを失ったスタートアップほど無力なものもないと思います。
いつ熾烈な競争を行うべきか
以上見てきたほとんどの例はネットワーク効果(やスイッチングコスト)がある領域において、競合よりも早く、多く、ユーザーを獲得するために行われてきたケースが多いです。なぜならば、ネットワーク効果がある=新しいユーザーが一人増える度に、"既存"ユーザーにとってサービスの価値が上がること、サービスの価値を上げるために積極的なユーザー獲得が必要だったのです。
一方で、ネットワーク効果がそこまで強くない業界では、果たしてユーザーを非効率に獲得すべきかどうかは、疑問の余地があります。Moatの記事で少しだけネットワーク効果の例について触れましたが、果たして自社の事業の領域はネットワーク効果が強いのか、"winner-takes-all(勝者総取り)"なのか、確認が必要かと思います。
ネットワーク効果が強い例:
- SNS、メッセンジャー
- ユーザー投稿型のコンテンツ (Youtube、ブログ、Twitter)
- マーケットプレイス
- コミュニケーションが発生するSaaS (Slack)
- 送金
- シェアリングエコノミー(ライドシェア、フードデリバリー )
- 大半のブロックチェーン
ネットワーク効果が弱い例:
- プロ投稿型のコンテンツ(メディア、ニュースサイト、テレビ番組)
- Eコマース/D2C
- コミュニケーションが発生しないSaaS
何が競争を激化させるか、競争の非合理性
冒頭に、「競争の熾烈さは、競合数だけにはよらない。」と書きました。競合の数が多い方がもちろん競争は過激になります。ただ一方で、この数年スタートアップで競争が激化しユーザー獲得競争になった領域においては、競合の数が片手で数えられるほどでした。
それでは一体何が競争を激化させたのでしょうか。マイケルポーターの競争戦略論に以下のような記載があります。
◉ライバル企業が無数に存在する場合、もしくはライバル企業の規模や影響力がほぼ同等である場合。このような状況下では、互いの事業を奪い合うようにならざるをえなくなる。業界リーダーがいないと、業界全体にとって望ましい慣行が徹底されない。
(略)
◉ライバルたちが、業界のリーダーシップを握ろうとして、その事業に全力を投入している場合。特に、業界の経済的パフォーマンスを上回る目標を設定しているような場合には、競争が激しくなる。事業に全力を傾ける理由はさまざまである。... メディアやハイテク業界などの分野では、個性やエゴのぶつかり合いのせいで、競争が過剰になり、収益性が損なわれることがある。
過去に日本で起きたスタートアップ間の熾烈な競争も、同程度の資金調達を行い、同程度のユーザー数を持つ企業間で行われたケースが多いというのも納得感があります。
そして、ここにあるようにその競争の中には、ネットワーク効果があるからというような合理的な理由ではなく、”競合に負けたくない”という強い思いが動機になっている事が多いのも否定はしづらいかと思います。血の気の多い経営陣や株主がいるだけで、競争環境は激化したりします。
<スタートアップの激しい競争=戦争?>
クラウゼヴィッツの戦争論に、戦争の特徴として、暴力の応酬(やられたらやり返す)、恐怖の増幅(やらないとやられる)、力の増大(より自軍の力を強化する)3つの相互作用が記載されていますが、まさに昨今のスタートアップの競争が当てはまるのではないでしょうか。
暴力の応酬: 競合のマーケティングやクーポン投下に合わせ、同様にマーケティングとクーポン投下で応酬する
恐怖の増幅: 業界2位になると全てが台無しになると考える
力の増大: さらに資金調達を行い、さらに大きな資金で応酬を繰り返す
動的に変化する競争環境
また、競合との競争の状況はダイナミックに変化します。突如外資系ユニコーンが新たに参入してきたり、競合が資金調達を行いマーケティング費用を大量に投下し始めたり、大手企業にとっての優先順位が変わり大量の営業人員を投下してきたりすると環境は大きく変わります。
スタートアップが解こうとしている顧客のペインやバリュープロポジションなど”戦略”は簡単には変わらない(変わるべきではない)と思います。競争環境(競合だけでなくユーザーやサプライヤーとの関係も含め)は”地形”や”戦局”のようなもので、刻一刻と変化してしまい、その中での立ち振る舞いは”戦略”というよりかは”戦術”に近いかと思います。
追い風になったり向かい風になったり動的に変化し続ける競争環境。もし追い風になった場合にはその期を逃さず、大胆に行動することが大切なのではと思います。
まとめ: 競合の状況にどう対応すべきか
ここまで見てきた通り、競合状況は非合理的であり、動的であり、極めて不気味です。多くの起業家の方が競合の状況に当然一喜一憂し、競合の状況から事業を立ち上げることを断念することも多いです。
ただし、事業によっては、ネットワーク効果や規模の経済など大きい企業が強いとは限らず、競合の状況を過大評価しすぎることもあります。
そのような時、事業者から見ると熾烈な競争に見えても、実はユーザーにとってはまだまだ熾烈な競争ではないことも多いです。数十社いる競争に2年以上遅れて参入Dropboxの話が参考になります。
When challenged by venture capitalists to explain why the world needed another cloud backup company, Houston asked them, “How many of those services do you personally use?” The answer from VCs was almost invariably, “None of them.”
VCになぜ(これだけ多くのクラウドストレージがあるのに)さらにもう一つクラウドストレージが必要なんだ、と聞かれると、Drew Petersonはこう返していた。「じゃあその中で実際あなたが使っているクラウドストレージありますか?」ほとんどのVCはこう答えたという。「一つもない」
競争環境が厳しそうに見えても、実はユーザーから見たらどのサービスも満足度が低い場合、ネットワーク効果が少ない場合、そして何より業界が成長していく場合、競合を過大評価せずに冷静に環境を判断することが大切かと思います。
往々にして起業家は負けず嫌いであり、それは望ましい性格の一つだと思います。ただし、その執念がユーザーや自分の目標に対してではなく競合に向き、無意味に自分の思考を使い非効率に経営資源を投下しているときは注意が必要です。
マーケット論のまとめ
そして何よりも、競争環境を勝ち抜き、競合に責められないための源泉は、マーケティング投下や繰り返されない買収ではなく"Moat"です。前回までの記事を含めたマーケット論をまとめると、大きなマーケットはPMFとその市場の成長によって決まりマーケットシェアはMoatによって決まる、ということです。PMFのある大きなマーケットを狙ったあとは、しっかりと競合のことを気にしすぎずにMoatを築いていただけたらと思います。
長い記事を読んでいただきありがとうございました。
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