シャングリラへゆく㉒シャングリラを求めて
雲南の香りに魅せられて僕は旅をした
冒険家が探し求めたシャングリラに想いをよせ
奥へ奥へ雲南省の秘境を旅した記録
①から読めばより深く楽しめます
シリーズ「チベットへゆく」の第二部
シャングリラへゆく物語
10月7日朝
今日、麗江に戻り長い旅が終わる
もうゴールが見えた旅
今回の旅は
どこに行くかもわからない旅だったので
本当に毎日がワクワクしていた
計画しない旅は面白い!
僕の旅の目的が1つだけだった
後は皆んなに任せて着いていく
しかも事前に決めた旅じゃなく
走りながら決めた街や宿
僕にとっては
転生僧に会う それだけで始まった旅
それが終わりに近づけば
色々な出来事があり
驚きと発見がある旅になっていた
今回の旅でチベット仏教を更に深く
知る事ができた
もう満足していた拉薩の旅で一区切りつけ
もう巡る事は無いと思っていたけど
やはり信仰の神秘は興味を抱かせてくれる
宿からでて湖沿いに歩き散歩をしていると
宿と宿の間の狭いスペースに残された
小さな仏塔を見つけた
仏塔にお香を焚き
仏塔をクルクルと回り輪廻し祈りを捧げている
僕たちは 彼らの暮らしを
こんな隅に追いやり観光を楽しんでいたんだと
少し罪深さを感じてしまった
ただ楽しむだけに彼らの住処を奪い
湖を汚し山を汚す
観光とはお金を使い
現地人の暮らしを破壊する行為なのかと
思ってしまった
本当に罪深いのは信仰を持たない
僕らの浅い生き方なのかもしれない
彼らが望んでるいる事は
変わらぬ日常だ
僕らは変化を望んでいる
今日より明日が良くなるように
今より便利になるように
破壊して新たなモノを築きたがる
変化を止めれば後退と思われる
細胞も年齢も思考も社会も経済も
変化し進化し上を目指す
光も止まる事をしらない
宇宙さえも膨張する
僕らが望んでいるのは変わらぬ日常ではない
変わる日常だ
今回僕は胸のどこかに
シャングリラを求め
旅のテーマとしてきたけれど
初めから僕には
辿り着く事ができないそんな場所
だったのだ
理想郷を夢見る事で
僕は日常に変化を求めていた
ずっと心のどこかで
彼らの信仰心と僕は矛盾を感じていた
チベット仏教を信仰する信者を多く見てきて
僕は ようやく気づかされた
仏塔を周り輪廻しながら
祈っているのは欲や変化ではない事を
本当に大事なもの
彼らが守りたいもの
仏の加護の中で永遠に輪廻して変わらぬ魂の旅
解脱出来る僧は一握り
だから永遠に変わらぬ事を求める
それがチベット僧を下支えする
チベット民族に宿る生き方でもある
転生僧最高位ダライ・ラマ十四世の
魂の灯は徐々に小さくなっている
あと何年もつのだろうか?
僕はこの仏教史の流れに興味を持っている
近年、仏教は大きな転換期を迎えている
2500年続いた仏教
チベットに受け継がれたインド後期仏教
インドで生まれ衰退した仏教は
チベットが継承し進化させた
西暦1200年代の転換期以来の
大きな動きが今の時代に目の前で起きている
これは仏教史にとってのパラダイムシフト
今 僕らは
それを歴史の教科書ではなく生で見ている
この瞬間を知らないのは勿体ない
目の前で歴史が大きく大きく動いている
1200年代に
チベット仏教を変えたツォンカパが生まれ
ゲルク派が誕生し
ダライ・ラマ制度が確立し
14世代目で皮肉にもチベットを追い出され
仏教は故郷であるインドに戻って来たのだ
僕はこれでよかったとさえ思っている
歴史は時に皮肉で
歴史は時にドラマチックで
歴史は時にダイナミックだ
だから歴史は面白い
僕らは歴史の目撃者となる日は近い
その日の前にチベットを知る旅が
できて良かったと思った
聖地を追われ衰退してゆくチベット仏教
辛く悲しい僧達の次の魂に託す想い
色んな事が起きたこの70年近くの出来事は
いつの日か きっと仏教史として
語られるのだろう
シャングリラ
シャングリラとは理想郷
理想郷とは辿り着かない土地の事である
はじめから解っていたのに
僕は夢をみていたんだろう
そこに行けば
新しい何かを手にする事ができると
しかし違ったんだ
何も変わらない日常こそが最も幸せな事
今と変わらない事ができるなら
僕はその輪廻の中で生きたいと思うだろう
でも仏教はそれをも否定する
形あるものには全て終わりがあると
永遠はないという
だから刹那を刻む
宇宙の真理を説く密教は深い教えだ
空海はそれを悟った日本人としての
初の僧だと思う
この旅が教えてくれたもの
シャングリラが僕に教えてくれたのは
人は
生きてゆけばゆくほど
シャングリラは遠くなるという事だった
あーもう
理想郷から随分と
遠くへ歩いてしまったな・・・
だから僕は振り向いてしまうのだろうか
懐かしさの感じる
僕らは無事に麗江へ戻ってきた。
今回の旅は
走行距離1000kmを超えた旅だった。
運転してくれた孫君ありがとう
最後別れ際に旅の無事をお礼した
彼がいなければ今回の旅はなかった
ただ一つ聞き忘れた事がある
俄亜大村の唯一のバーで
ナンパした子とどうなったの?
を聞き忘れた(笑)
そして麗江で旅の疲れを癒し
旅館経営で成功した趙君の家に泊めてもらった
麗江古城の夜は
蜃気楼のように揺れ幻想的になる
にぎやかな通りの裏通りは静かで
暗い石畳の路を赤い提灯ライトが照らし
古城内に流れる小さな川の音が
心地よく耳に響く
この街に入ると
時がスローモーションのように流れだす
すっかり季節は秋だ
僕は麗江古城にある小さな茶屋に座り
長年熟成させた普洱茶プーアルの生茶から
茶を抽出し香りのいい茶を飲みながら
雲南省の旅を振り返り写真をみていた
麗江は懐かしさを感じる
なぜだろう この感じ
無事にもどってきた安心感だろうか
また仲間に会えたからだろうか
麗江が作り出す雰囲気が
懐かしくも悲しくも 人々の心に響く
かつて夢追い人が辿り着き住み着いた土地
時代は変わってしまったけど
麗江が・・・
町全体が放つ独特の悲しさは変わっていない
蝋燭がユラユラ とゆれる
玉龍雪山は白い雪をかぶり
また厳しい冬を迎える
朝日が美しくオレンジ色に反射し
綺麗な頂が見える古城
だから皆 麗江古城のとりこになる
ユラユラ 揺れている
蜃気楼のように揺れている
ー完ー
聖地巡礼日記はこれで終わります
長い間お付き合い ありがとうございました。
次回は最終章として
現地のチベット人に語り継がれる
日本人とも関係のある伝説話を
最後にして終わります
この地には聖山と呼ばれる山があります
信仰を穢した日本人にまつわる話です
あと少しお付き合いよろしくお願いいたします。
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