MIRAIの学校を創る鍵:エフェクチュエーション理論
「エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する『5つの原則』」(吉田 満梨 /中村 龍太 著 ダイヤモンド社)をある教育長さんのFacebookの記事で知りました。本が届くとすぐに夢中になって読みました。
経営の本なのですが、子どもに相対する学校現場でも、エフェクチュエーション(Effectuation)という視点を持つことで子どもの行動への見方は大きく変わると思います。自分自身の実践を振り返ってみても、エフェクチュエーションをもとにしてきたことが多く、不安の中で手探りでやってきたことを肯定的に捉え直すことができました。
多くの先生や教育に関わる方々がエフェクチュエーション的な見方を持つことで、教育の世界は大きく変わることができるのではないでしょうか。
エフェクチュエーションとは
エフェクチュエーションの提唱者は、サラス・サラスバシーというヴァージニア大学のアントレプレナーシップの教授です。彼女がカーネギーメロン大学の博士課程在籍時に実施した、熟練した起業家の意思決定実験から発見された思考様式のことです。起業家が大きなビジネスに向かう高い不確実性に対処するときに、予測ではなくてコントロールで対処する考え方を使っていたことがエフェクチュエーションの発見となったのです。
これまでの経営学はコーゼーション(因果論)に基づいて実践されることが中心でした。しっかりとした目的を持ってリサーチを進め、リスクを避けながら計画的に事業を進めていくのです。それに対して、エフェクチュエーションでは、未来を予測するのではなく、手元にあるリソースや状況に応じて柔軟に行動します。
サラス・サラスバシーはエフェクチュエーションの実践によって、コーゼーションのような解像度の高い目的・ゴールを必要とせずに、自分自身の手持ちの手段から行動を始める学生の姿を見てきたのです。
エフェクチュエーションの5つの原則
エフェクチュエーションには以下の5つの原則があります。
1.手中の鳥の原則(Bird in Hand Principle): まず、自分が持っているリソース(スキル、人脈、知識など)から始め、できることを行う。
2.許容可能な損失の原則(Affordable Loss Principle): 失敗した場合に失うことが許容できる範囲で行動を計画し、リスクを管理する。
3.レモネードの原則(Lemonade Principle): 予想外の出来事や逆境に対しても、それをチャンスとして活用し、柔軟に対応する。
4.クレイジーキルトの原則(Crazy Quilt Principle): 他者と協力し、共に価値を創造する。協力者を得ることで、柔軟に方向性を変えることができる。
5.飛行機のパイロットの原則(Pilot in the Plane Principle): 未来は予測不可能であるため、自分自身が状況をコントロールし、目標に向かって進む。
本書ではエフェクチュエーション的な考え方で成功した例がたくさん挙げられていて、とても面白いのです。
例えば、当時会長だった井深大氏が出張中の旅客機できれいな音を聞きたいという個人的な要望から開発され、1979年に発売されたソニーのウォークマン。決してニーズを綿密な調査で発見したのものではなく、自分が価値があると考えたものを既存の手段を使いながら、新しい価値を創造するエフェクチュエーションのプロセスなのです。
教育への期待
本書のあとがきでは、教育に関わる場面でエフェクチュエーションが活用されることについての期待が述べられています。
また、「学校組織が明治以来作り上げられてきたコーゼーションの塊に見える」と述べ、コーゼーションを否定する訳ではなく、それに合わない子どもが増えてきていることを指摘しています。
自分自身の取り組みを振り返って
実際、自分自身が取り組んだことで、今から思えばエフェクチュエーションの発想だったと思うことはたくさんあります。
例えば次のようなことです。
学校への行きづらさへの答えを増やすために、校内にフリースクール(校内教育支援センター、スペシャル・サポート・ルームとも呼ばれます)を創設したときのことです。
別室登校では不安定で時には生徒が引け目を感じてしまうようなこともあります。そうではなくて、教室以外で学ぶことを保障して、堂々と選んで学んでもらえるような場にしたいという願いから創設を考えました。
まず、現場の先生から出た言葉は
「先生、それって加配とかあるんですか?」
確かに、自治体によっては学校を指定して実験的に校内フリースクールを設置しているところもあります。そんなところは加配教員が配置されています。きちんと目的を持って準備をして取り組んでいく。まさにコーゼーションの発想です。
しかし、そんなことを待ってはいられません。
目の前の子どもたちのために、エフェクチュエーションの発想でできることを考えていきました。
あくまで自習を中心とした学びとしておいて、担任をおいて教科担当の先生と連絡をとりながら進めていきます。担任は、前年度に3年生の担任で新たに教務主任で副担任になった先生にお願いしました。手中の鳥の原則を活用していますし、許容可能な損失の原則が当てはまります。
場所は相談室としてあまり活用されていないところを使ったりしたのはレモネードの原則と言えるでしょう。
インテリアについてはIKEAに直接問い合わせてみました。IKEAが鎌倉市と業務提携して校内フリースクールや学びの多様化学校の空間デザインをしていることを知っていたからです。学校として法人登録をすれば、このような空間づくりに知見を持ったアドバイザーにオンラインで相談に乗ってもらえるとのことでした。クレージーキルトの法則、です。
本当は子どもたちにオンラインでの相談に参加してもらいたかったのですが、少し敷居が高かったようで、保健室の先生が子どもの意見を聞いて、相談するという形になりました。
部屋の様子を見ながらのアドバイスには、「中性的な黄色をアクセントに」など、インテリアの素人の私たちには思いもよらない有益なものでした。「自分で組み立てた方が愛着が湧きますよ。」というアドバイスもいただいたので、到着したら時間を見て先生と一緒に組み立てられれば、と思っていたのですが、届いた荷物をおいておくと、いつの間にか生徒が自分で組み立てていました。
私は役職定年で学校を去りましたが、今も元気にこの教室は活動しており、不登校の生徒はゼロとなっています。
コーゼーションとエフェクチュエーションの二つのモデルを組み合わせて活用することができれば、コーゼーションのみで縛られて苦しさを生んでいる生徒たち、先生たちに冷静さとメタ認知とをもたらし、元気とおおらかさを与えてくれるのではないか、と思います。
未来の学校に希望が見えてきました。