脳血管内からアプローチするブレイン・コンピュータ・インターフェース(JAMA, 2023) 〜 自分が手術するとしたら 〜
1. 概要
人の脳血管にステント型デバイスを入れているSynchron社の論文を、脳血管内治療医の視点で解説します。
このブレイン・コンピュータ・インターフェースを自分が手術で入れるとしたら、という具体的な観点でお話しします。
Mitchell et al.
” Assessment of Safety of a Fully Implanted Endovascular Brain-Computer Interface for Severe Paralysis in 4 Patients: The Stentrode With Thought-Controlled Digital Switch (SWITCH) Study”
JAMA Neurol. 2023 Jan 9. doi: 10.1001/jamaneurol.2022.4847.
https://jamanetwork.com/journals/jamaneurology/article-abstract/2799839
注意
正確性よりも分かりやすさを優先しています
間違いなどあれば、DMなどで指摘して頂けると助かります脳血管内治療と脳神経外科の手術の経験は多いですが、ブレイン・コンピュータ・インターフェースに関する知識はあまりありません
画像は上記URL(文献1)のリンクを貼った時に自動的に出てくるもの(公開情報)と、文献2から取ってきています。
2. 論文
a. 概要
まずはこの図が一番分かりやすいです。
手術概要
手術前から抗血小板療剤2剤投与
全身麻酔で行います
頸部の静脈からアプローチして、脳血管の静脈(上矢状静脈洞)にステント型デバイスを留置します
ステント型デバイスからリード線で続いている植込み型受信機(IRTU)を胸部皮下に埋め込む
手術後、3ヶ月は抗血小板療剤2剤継続。12ヶ月は抗血小板療剤1剤(アスピリン継続)。
→ ステントによる血栓塞栓症を防ぐためです。時間が経つと、ステントが内皮細胞に覆われて、抗血小板療剤が不要になることが多いです(脳梗塞、血管狭窄の治療では、抗血小板療剤はずっと継続します)。
臨床研究概要(SWITCH研究: 2019年5月〜2022年1月)
ステント型デバイスには16電極がついています
重症の両上肢麻痺患者4人にステント型デバイスを埋め込んだ
上図の用に脳からの刺激を胸部の受信機を経て出力し画面を操作した
ハンズフリーで電子メール、オンラインショッピングなどができた
12ヶ月間のフォローアップで動作やステント・脳血管内に問題はなく安全であった
これにより、最初の人での臨床試験で、少数例ではあるが、実現可能性と安全性を示すことができた
b. 研究全般に関して
この研究が2019年5月27日にスタートしたことが驚きです。
今から約4年前です!
それよりずっと前から研究が行われ、invitroでの実験や動物実験が行われていたということです。
Synchron社の設立は2016年4月です。設立から3年で臨床試験(治験)まで行けるスピードは凄いですね。調べていませんが、基礎研究はそれより前から行われていたのかもしれません。
c. ステント型デバイスに関して
こんな感じで静脈の中から脳表に接しているのですね
そうすると、16電極の中でも脳表に近いのは半分くらいではないかと思います。上図で骨の方にある電極は脳表から離れているからです。
実質的に半分程度(8電極)で、ある程度の操作がハンズフリーでできるようになるのは凄いですね。
ステント部分を見ると電極の数は増やせそうです。ただ、そこから束ねてリード線を通って出力するとなると、リード線が太くなってしまうかもしれません。静脈洞は比較的大きいですが、あまりリード線が太いと血栓塞栓症の危険性が出てきますので、そのあたりが技術的なハードルになるかもしれません。
血栓塞栓症に対する予防としては、抗血小板療剤使用以外に、ステントに血栓がつきにくくする物質でコーティングするということも考えられます。
臨床現場において、そのようなコーティングのステントが頭蓋内病変の治療でも使われています。
d. 自分が手術を行うとしたら
■ 難易度
手術の難易度は高くないと思います。
ただ、静脈洞にステントを留置するのは一般的に行われていることではありません。
脳血管内治療では、臨床現場において、頸部や頭蓋内の動脈にステントを留置したり、ステントで血栓を回収するなどしています。
一般的には静脈の方が動脈より気が楽です(合併症のリスクが低い)。
論文には特発性頭蓋内圧亢進症に対して静脈洞にステント留置が行われると記載されています。
私の認識では欧米でもまだ一般的な治療にはなっていないと思います。ただ行われてはおり、日本でも昨年、症例報告されています(文献3)。
逆に言えば、日本では症例報告でも論文になるくらいですので、一般的な治療にはなっていません。
■ 実際のステント留置(少し専門的なので読み飛ばして下さい)
手術前にCTの造影剤の検査(CTA、CTV)や脳血管撮影により、頸部から頭蓋内の特に静脈系の把握を行います
ステントをどこに置くべきかも検討します。静脈洞から出ている脳表静脈が参考になります
血栓塞栓症予防として、抗血小板療剤2剤を術前少なくとも1週間前から内服してもらいます
撮影用に鼠径部から内頚動脈にカテーテル留置します。このカテーテルから造影剤を注入することにより上矢状静脈洞や脳表静脈の位置を確認することができます
頸部の静脈を穿刺し、手術中だけヘパリンという血が固まりにくくする注射をします
ガイドワイヤーを使ってカテーテルを上矢状静脈洞に誘導します(この操作は簡単です)。ステント型デバイスをカテーテルを通して誘導し、位置決めします。場所を合わせてステントを留置します
位置決めも難しくないと思いますが、仮にずれたとしても、ステントの形状を見る限り、やり直しができます(専門用語でリシース resheathと言います)
頸部からシースを抜いて、リード線を保持し、圧迫止血します(シースの厚みがあるので少し気になりますが、静脈なので止血できると思います)
胸部の皮下へ植込み型受信機(IRTU)の埋め込みを行い、リード線と接続します
手術終了です
術後、抗血小板療剤をしっかり内服してもらうように伝えます。
e. 埋め込んだステント型デバイスは抜けるのか?
手術直後であれば抜けますが、時間が経ってしまうと、癒着や内皮細胞で覆われたりしますので、抜けなくなります。リード線も入ったままです。
胸部の植込み型受信機は抜けます。
治験でステント型デバイスを挿入された4人の方は、一生入ったままとなります。そのため、今後、長期的なフォローアップの結果も報告されると思います。
f. 追加のステントは入れられるのか?
入れられます。
同じ場所にstent in stentとして置くこともできますし、ずらすこともできます。リード線が2重になりますが、植込み型受信機を入れ替えて、新しいものだけ使うことは可能です。
g. もっと細い血管にステントを入れられるのか?
入れられます。
上矢状静脈洞から分岐している脳表静脈であれば比較的簡単に入れられます。血管壁が薄くなるので、操作に注意が必要です。ステントもより小さいものになります。
動脈にも入れることができますが、脳表までは細くなって厳しそうです(不可能ではありません)。
h. 脳の深部の血管にステントを入れられるか?
入れられます。
静脈でも動脈でも入れることができますが、部位にもよりますが血管が細くなりますので、ステント留置の難易度が少し上がります。また、細い血管ですと、血栓塞栓症でステント内閉塞するリスクも高くなります。
g. 疑問
手術後にMRIが撮影できるのかどうか気になりました。この論文の中には、術後はCTのみのフォローアップで、MRIの記載はありません。
電極付きステントや植込み型受信機があるとMRIは無理かもしれません。
ただ、脳外科医にとってはMRIが撮れないというのはとても残念です。
もし、どなたかこのステント型デバイス留置後のMRIの可否についてご存知でしたら教えて下さい。
f. 最後に
お読み頂き、どうも有難うございました。
間違いがあるかもしれませんが、DMなどでご指摘頂けると助かります。
この先、このSynchron社や、イーロン・マスク氏のNeuralink社、その他の企業がどのように、この領域で臨床応用していくのか興味が耐えません。
実際の患者さんへの貢献からはじまり、その先には健康な人にもブレイン・コンピュータ・インターフェイスが埋め込まれる時代も来るかもしれません。
まずは今困っている患者さんに早く貢献できるようになることを願っています。
出典
原著論文
Mitchell et al. ” Assessment of Safety of a Fully Implanted Endovascular Brain-Computer Interface for Severe Paralysis in 4 Patients: The Stentrode With Thought-Controlled Digital Switch (SWITCH) Study” JAMA Neurol
. 2023 Jan 9. doi: 10.1001/jamaneurol.2022.4847.参考論文
長濱ら「上矢状静脈洞狭窄を伴う頭蓋内圧亢進症に 対して,ステント留置を施行した1例」 脳血管内治療 J-STAGE 早期公開 2022年6月6日
doi: 10.20626/nkc.cr.2022-0009
http://www.jnet-ejournal.org/post/pdf/post-jp/20211020/04_Miki.pdf