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常識崩壊の時代:価値観の逆転が多すぎると、人間はどうなってしまうのか

今までの常識が正しくなかった。

昔から信じたものが嘘だった。

疑わなかった自分がバカだった。

こんなことは想定外だ。

まさかすべてが逆だったとは。

そのような価値観の逆転現象が現れることが多い現代。




何が正しいかということ、それがあまりにもひっくり返りすぎている気がする。

誤りとされることが正しいとされ、正しいとされたことが誤っている。

それは天動説が地動説にとって代わられたことかもしれない。

それは覇権国としてのローマ帝国が滅亡することかもしれない。

それは絶対に変わらない・安泰だと思っていた江戸幕府が、まさか無くなってしまうとは。

一般人からすると、信じられないことが起き続けることが過去も現在もずっと続いている。

もちろんそれが少しずつ表になって行くということなら、まだ多少は大丈夫かもしれない。

ところが、その崩れ方が一気にやってきたらどうなるのか。

信じるものがなくなる、思考ができなくなってしまうこともあるかもしれない。




現在も既にひっくり返ることは日々連続して起きている。

そして、これからさらにひっくり返ることが予想される。

知っている人はとっくに知っていることかもしれないが、そのような人でも想定できないことが多く溢れてくるに違いない。

そして価値観の逆転現象が多すぎると、人間はどうなってしまうのか。

もはや何もかも考えることを諦めるようになるのかもしれない。

何かを想定することが全て無駄になるということ、そのことを学習し始める。

結果として、考えないということが最も考えられた最適解になるかもしれない。

学習性無気力の究極、それは思考することすら無気力になる状態。

そして完全に「人間である」という状態をなくしてしまう。

もちろんそれが良いとも悪いとも言えないのも確か。

とはいえ、そもそも何で生きているのということになってしまうかもしれない。

だからこそ、そのような状態にいかに陥らないようにするのかということが問われてくる気がする。




常識が塗り替わるのを、当たり前に感じる現代。

パラダイムが変わっていくことが常識となる時代。

常識として機能しているものは、刹那的な瞬間に過ぎない。

そのことをしっかりと頭に入れたうえで、これからの世の中をより注視しなければならないように感じる。

なぜならば、変わらないものがないという事が、唯一の不変の事実なのだから。

そして、まずはその事実を自分の中に深く刻み込むこと、それが自分自身の混乱を防ぐための最も有効な手段になるに違いない。




ありがとうございました。

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