「重さがマイナス」とか言い出しそう【インテリ悪口本_期間限定公開⑦】
「燃える」とは、どういう現象か?
そう聞かれて、皆さんは答えられるだろうか? 文系の人はちょっと自信がないかもしれない。理系の人は間違いなく答えられるだろう。え? 理系なのに答えられない? あなた、植物だったらゲノム解析されてそうですね。
「燃える」とは、簡単に言うと「酸素とくっつく」ことである。
バーベキューで使う炭は「炭素」からできているので、燃やすと「二酸化炭素」になる。だけど、換気が悪いところで燃やすと酸素が足りずに「一酸化炭素」になる。人が練炭自殺する時に吸うアレだ。死にたくなかったら換気の悪いところでバーベキューをするのはやめよう。
そういうワケで、バーベキューと練炭自殺のことを考えてみれば明らかなように、燃えるという現象は「酸素とくっつく」を意味する。
だけど、人類がこの簡単な結論にたどり着くのは非常に困難だった。
当時の科学者の気持ちになってみよう。メラメラと燃え盛るキャンプファイヤーを観察しながら、「燃えるってなんだろう?」と考えてみる。
ここで、「そうか! 酸素とくっついているんだ!」とは絶対にならないはずだ。だってそうだろう。炭とか木は燃えた後にほとんど何も残らないんだから。「くっついている」というよりはむしろ「放出している」と発想する方が自然だ。直観的には「燃えるとは、何かを放出することだ」という結論にたどり着きやすいのである。
実際、科学者たちはそう考えた。こうして生まれたのが「フロギストン説」だ。
物質の中には「フロギストン(日本語にすると〝燃素〞)」が含まれていて、燃えるとフロギストンが放出される、と考えた。
こう考えると、「木が燃える」という現象を実に上手く説明できる。
木=フロギストン+灰
だから、「木が燃えるとフロギストンが放出されて、灰が残るんだ!」というワケである。筋が通っている。
フロギストン説は直観に合致するので、広く信じられることになった。
ところが、フロギストン説では上手く説明できないものがある。金属の燃焼である。
中学校の理科の授業で、スチールウール(もじゃもじゃしたタワシみたいな金属)を燃やして重さを量る実験をしたことがある人も多いだろう。僕も中学生の時にやった。金属を燃やすというシンプルな実験にたいへんテンションが上がった記憶がある。子どもは燃やすのが好きだ。
燃やす喜びの副産物として得られる実験結果から、「スチールウールは燃やすと重くなった」ということが分かる。そう、金属は燃やすと重くなるのである。
このことは当時からよく知られていた。しかし、この現象はフロギストン説では説明できない。
なにしろ、金属が燃えるとフロギストンが放出されるはずなのに、重さは重くなるのだ。
フロギストン説の信奉者にとって、これは困った問題だった。
彼らはしかたなく、なんとか筋が通る説明を考え出した。その1つが金属のフロギストンはマイナスの重さを持っているというものである。フロギストンはマイナスの重さだから、マイナスが出ていけば重くなる、ということだ。
しかしこれ、すごく苦しい説明である。木に含まれているフロギストンはプラスの重さだったはずなのに、金属に含まれているフロギストンはマイナスの重さであるというのは全然一貫していない。
そもそも、「マイナスの重さ」も全然ピンとこない。フロギストン説はせっかく直観に合致する説だったのに、説明のために「マイナスの重さ」という全然ピンとこないものを導入してしまった。これで喜ぶのはフロギストン説の狂信者と、「飲むだけで体重が減る薬」を心から欲しているダイエット中の人だけだろう。
皆さんもご存知の通り、「飲むだけで体重が減る薬」は存在しないし、マイナスの重さの物質も存在しない。結局、この苦しい説明は魅力を失っていき、フロギストン説は衰退することになった。
ということで、「マイナスの重さ」というのは、フロギストン説を守りたかった科学者、いわば自説の非を認めなかった人の主張である。
したがって、このインテリ悪口は「自分の非を認めない人」に使ってほしい。
使用例
「田中くん、あの資料まとめておいてくれた?」
「まとめてないです」
「えっ、なんで? やっておいてって言ったよね?? ??」
「いや、会議が延期になったので要らないかなと思って……」
「会議は延期になったけど、あの資料は別で使うんだよ! そんな勝手な判断しないでよ!」
「はあ……」
「いや、はあじゃなくて! 勝手に判断しないで確認するべきでしょ?」
「でも僕は会議で使うと思ってたんで、しょうがなくないっすか?」
「君、重さがマイナスとか言い出しそうだね」
参考文献
・左巻健男『中学生にもわかる化学史』(ちくま新書)
・山本義隆『熱学思想の史的展開1』(ちくま学芸文庫)
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