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[ショートショート]流れ

 俺は空き巣に入る事を決意した。無論やむにやまれずだ。とにかく何かまともな物を食べたい一心だった。
 隠れ家にしている山中のあばら屋を後にし、夜闇に紛れて麓の町に出ると、ほどなくおあつらえ向きの家を見付けられた。
 様子をうかがってみたが、見たところ真っ暗で物音一つしない。
 そこで、どこか鍵を掛け忘れた窓がないか家の周りを探ってみた。ガラスを割ったり鍵を壊したりなどと手荒な真似はしたくない。
 最奥にある窓のサッシに手をかけると、音も無く開いた。よし、ここまでは順調だ。
 が、次の瞬間、心臓が止まりそうになった。誰か居るじゃないか!
 半開きの窓とカーテンの向こうにぼんやりと明りが灯っている。覗いてみると、部屋の奥にテレビがあり、その前に設置されたベッドに誰かが横たわっている。ちょうど俺が覗いている窓に背を向ける恰好だ。イヤフォンを使って見ているのか、テレビの音は無く、そのため全く気付かなかったという訳だ。迂闊うかつだった。
 テレビにはニュース番組が映されていた。キャスターやらコメンテーターやらがしたり顔で何かを喋っている。
 怒りが湧き上がってきた。こいつらのせいで俺はこんな事になってしまったのだから――。

 それは、とある国会議員に関する報道から始まった。議員とウニフィカ(俺もそこに属している)が不正に癒着していると断罪する一方的なものだった。
 議員は与党の大物で、これ幸いと野党は騒ぎだした。ウニフィカに有利なように政治が歪められた!という訳だ。
 全く冗談じゃない。俺が知る限り、良い暮らしをしてるウニフィカなんてほんの一部だ。
 しかし、世間はそうは見てくれなかった。前からウニフィカを面白くなく思っていたやつらがこれを機に便乗したのもあったのだろう。
 騒ぎは与党の他の議員にも飛び火し、それに疑義を述べた著名人は吊し上げられ、ネットは連日炎上だ。それをまたマスコミが報じて火に油を注ぐ。負のスパイラルという奴だ。
 騒ぎはエスカレートし、やがてテレビやネットの向こう側の出来事では済まなくなった。ウニフィカに属さない一般人が、ウニフィカを狩りだしたのだ。正義の行使を名目としてだ。
 老若男女関係無くウニフィカやそれにくみすると目された者が次々襲撃された。発端となった国会議員の自宅も襲撃され、家族諸共殺害された。
 多勢に無勢で警察はすぐに無力化した。警察まで襲撃された地域も出る始末だ。
 俺の家も襲撃されたが、間一髪窓から脱出し何とか追手を撒く事ができて助かった。
 逃げる最中に恐ろしい光景を幾つも見た。老人や子供をもてあそぶように殴り続ける集団、体中から血を流し割れた頭蓋骨から脳髄が飛び出した死体、命乞いする女の全身に降り注ぐ棍棒の打撃……いや、もうよそう、これ以上は精神が持たない。
 暴力もさる事ながら、メディアでウニフィカ狩りが一切報道されない事が俺には腹立たしいのだ。さんざん煽り立てておいて頬っ被りだなんて、そんな事許されるのか?
 思い出すだけで吐き気と眩暈めまいがしてくる。
 まずい事に眩暈のせいで揺れた体が窓ガラスにぶつかって大きな音を立ててしまった。
 ベッドの人物――老婆だった――が振り返り、大声で悲鳴を上げた。
 俺は慌ててその場を離れたが、悲鳴を聞きつけて出て来た近隣の住人たちに見付かり、たちまち取り囲まれてしまった。「貴様、クリヴァか!」と誰かが叫んだ。
 俺が震えながら「い、いや、俺はウニフィカだ……」と答えると、途端に緊張感が緩んだ。
 それどころか「なんだ、ウニフィカか。人騒がせな」などと言って帰りだすではないか。どういう事なんだ?
 立ち去ろうとする一人に問いただすと、ウニフィカ狩りなど今時誰もやっておらず、近頃は代わりにクリヴァ狩りをしているというのだ。
 少し前に大物閣僚とクリヴァがズブズブだという報道がなされて世の流れは大きく変わったらしい。電気も通わぬ山中に隠れていたため全く知らなかった。
 クリヴァの連中には気の毒だが、何より身の危険が去った事に俺は深く安堵した。

 久しぶりに我が家(安アパートではあるが)に戻ってみると、すっかり荒れ果てて封鎖されていた。俺以外にもウニフィカが住んでいたらしく、複数の部屋に襲撃の痕が見える。
 と、どこからか十数人の男女――手に手に凶器を携えている――が現れ、アパートの前にたたずむ俺を包囲した。どいつも俺と同じウニフィカのようだ。もしやクリヴァ狩りか?
「待ってくれ、俺もウニフィカだ。クリヴァじゃない!」俺は必死に訴えた。よりによってクリヴァに間違われて殺されるのでは堪らない。
 すると一人が言った。
「ああ、分かってるさ。だが、お前ルマ派だろ?」俺が頷くと相手は口の端を歪めた。
「ルマ派が諸悪の根源だって言うじゃないか。だから俺たちが征伐して回ってんだ」
 どうやら今度は全てをルマ派に転嫁する流れになったらしい。
 やつらは一斉に襲いかかってきた。

<了>

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kengpong
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