意外と知られていないアルファベットの誕生経緯
1.文字の分類
小学校・中学校の頃に表意文字と表音文字があると確か習ったならったような記憶がある。表意文字の代表は漢字だと。実際は以下のようになる(言語学者ではないので100%正しいか保証できない)。
アルファベットは日本人に馴染みがあり分り易いけれど、アビジャド、アブギダはアラビア語、ヒンディー語、或いは東南アジア諸国の言語を学んだ人でないと中々イメージが掴めないと思う(かく言う筆者も同様)。
言わずもがな乍ら、「○○語」と「△△文字」という時の「語」と「文字」は異なる。上古の日本で日本語を漢字で書いていたこと、イランの現代ペルシャ語は書記体としてアラビア文字をベースにしていることがその例。
<補足>
アルファベットは本来は印欧語族(インド・ヨーロッパ語族)の内の欧州に対してのみに使用すべき用語。アビジャドもアブギダもアルファベット類であるのは間違いない。後述するようアルファベットはアビジャドから発展したもの。アルファベットという語はギリシア文字のα, β の読み「アルファ/ἄλφα」、「ベータ/βήτα」に由来する。
表意文字の内、漢数字でない数字をアラビア数字というが、以前書いたようインド・アラビア数字というのが正確である。アラブ(アラビア)世界ではインド数字というそうだ。上表で書いたプラーフーミー文字における数字がそのルーツである。
朝鮮語のハングル=訓民正音は15世紀に世宗大王のもとで新規に言わば科学的な規則性をもって考案されたもので「世界の記憶」としてユネスコに登録されている。表音文字の中の音素文字ではあるものの、一字が母音と子音の組み合わせ(左右上下の組み合わせもある)が出来ている為、アビジャド、アブギダ、アルファベットの何れとも言い難いと思う。素性(そせい)文字という学者もいる。ハングルは「偉大なる(ハン)・文字(グル)」なのでハングル文字やハングル語という言い方は間違いである。
2.アルファベット誕生前史・・楔形文字創出
大方の人が、アルファベットはフェニキア人により欧州(まずはギリシャ→ローマ)にもたらされたことはご存じであろう。古代メソポタミア文明は
世界最古の文明であり、楔形文字が使われていたことは広く人口に膾炙している。楔形文字・フェニキア文字が生まれるまでの変遷は、考古資料により以下のように考えられてている。
①粘土トークン(Clay Token)
家畜や物品を象った小さな粘土に小片(粘土駒)が最初に使用された。写真を見ると小さな穴が開いているが。紐を通すためと思われている。例えば牛10頭を管理するのであれば、10個の牛のトークンを用意し紐に通して一纏めにしておくというようなことが考えられる。
<参考>
トークンという用語は、現在仮想通貨などの電子商取引で使われ、嘗てニューヨーク地下鉄の代用コイン名としても使われていた。同じく嘗て、オンラインバンキング(日本はネットバンキングという)のワンタイムパスワードを表示する小機器もトークンと呼ばれていた。
②絵文字(Pictogram=ピクトグラム)
(東京オリンピック2020のセレモニーでもピクトグラムが話題になった)
粘土トークンを沢山作成する・管理するのは大変なので、粘土版に絵と数字を表記する方法が生まれた(シュメル人による人類発の考案の模様)。数字も言わば絵文字の一つであるが、書く場所や記号の違いで表す。以下の写真では数字の合計が28,086となる(ビール醸造用のオオムギの配給記録)。
③絵文字から楔形文字へ
粘土版に上手に曲線などを用い象形的な絵文字を刻み込むのは必ずしも容易ではないことは粘土工作をやった人なら恐らく分るだろう(何でも器用な人は除く)。そこで、葦から作った葦ペン(竹ペンのようなもの)で直線(縦・横・斜め)のみを粘土版に押し書きする楔型文字が生まれた。楔形(くさびがたorせっけい)文字・・英語:cuneiform・・と呼ぶのは、ペン先を細長い三角形状に削り粘土版に押し書きするので楔形に粘土が彫られるからである(但し、単なる直線的なものもある)。葦ペンは素材上考古遺跡として残らないのでペン先が本当にどの様だったかは学者の推測。三角形ではない単純な直線を引く書くためのペン先(尖筆)と楔形のペン先など数種類のペン先を使い分けていたように推察する。
<楔形文字の補足>
楔形文字はあくまで総称で、民族や言語により使い方に違いある。楔形文字の元祖であるシュメル人が使ったものは音節文字と言われている。その後、表語文字の要素を入れる、或いは、音素文字として使用する民族もいた。
<謎の民族シュメル人>
イランを始め中東には印欧語族の国々があるが、それ以外=アラブ系諸国、イスラエル/ユダヤ、パレスチナ、嘗てのフェニキアなどはセム語系語族と言われる。古代メソポタミアでもほぼ同様である(アッカド、バビロニア、アッシリアなど)。しかし乍ら、最も古く文明を築いたシュメル人の言語にセム語系の形質がない。このため、民族系統・語族系統不明とされている。
3.アルファベットの誕生
パレスチナ地域(イスラエル、ヨルダン、シリア地中海側も含む)はレヴァントと呼ばれていた。旧訳聖書の「約束の地カナン」のカナンも含まれる。
ここは過去も現在もセム語系の民族の地である。ここで先ず楔形文字によるアルファベット・・子音のみなので実態アビジャド・・が考案され、この後に絵文字による22文字のアルファベット・・同じく子音のみアビジャド・・が考案された(原シナイ文字・原カナン文字)。
原カナン文字を元として絵文字から抽象度化を進めBC1100~BC1000年頃に生まれたされているのがフェニキア文字である。22文字の純粋な子音のみのアビジャドであった。これがギリシアやローマに伝わり母音を加えてできたのがアルファベットである。
因みに、セム系民族の間ではフェニキア文字からアラム語(アッカド語の後のリンガ・フランカ=国際語)、ヘブライ語、アラビア語が生まれた。
フェニキアの説明:世界の歴史まっぷ
因みにゼウスに見初められヨーロッパという名前の由来となったエウロペはフェニキアの古代都市テュロスの王女である。
<補足>
フェニキア文字の起源は楔形文字ではなく絵文字であった。従って、ルーツは古代エジプトの象形文字にあるのではという説がある。というより、エジプト象形文字と楔形文字の要素を合わせたもの(いいとこ取り)という意見が根強い。楔形文字もエジプト象形文字も生き残らなかったが、形を変えて現代に引き継がれていると言えるように思う。
<参考:古代エジプトの象形文字>
①ヒエログリフ(聖刻文字)・・・文字どおり石に刻む文字
②ヒエラティック(神官文字)・・①のパピルスへの筆記用文字
③デモティック (民衆文字)・・・②の簡略系或いは崩し字
旧約聖書はヘブライ語で書かれているが、一部はアラム語で書かれている。旧訳聖書はヘブライ人(ユダヤ人)の「バビロン捕囚」の苦境の中で生まれたと言われる。捕囚から帰還したユダヤ人も新訳聖書時代のイエスも日常語はアラム語であった(イエスはアラム語で説教)。
4.余談・・文字の記述方向
日本語は中国に習い元は縦書きであったものの、今は右→左の横書きが主流である。書籍や官報、更に新聞・雑誌では今も縦書きのものも多い。欧州は左→右の横書きであるのは周知のとおり。一方、アルファベットの元になったフェニキア文字は右→左の横書きである。アラビア語もそうで、セム語系の民族(含むイスラエル)は一般に右→左に書く。これらを図にしたものがあるので参考でつけておく。尚、モンゴル文字やそれを元にした満州文字は子音と母音からなるアルファベットで「縦書き。但し、漢字と違い左→右に書く」。以下の図ではそれが反映できていない。
<蛇足>
「法憲国帝本日大」、羊羹で有名な赤坂「とらや」の暖簾が「やらと」と書いてあるのを見て「戦前は横書きを右から書いていた」と思っていた人が嘗ていたと記憶。これは一列一文字の縦書きである。今でもトラックの後ろの会社名表示にこのような書き方をしているものを見かける。