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博士課程に進みたい人へ
※忙しい人はタイトルと太字だけ読めば大体OK!
博士課程って聞いたことありますか?最近だと博士“後期”課程などと呼ばれるようですが,要は博士号と呼ばれる学位を取るための大学院のコースです.4年間の大学生活を終えた後に大学院が存在することはご存知かと思いますが,この大学院にも修士と博士があり,修士を終えた後に進むことができるコースと考えて差し支えないでしょう.理科系,特に工学部の大学院進学はほぼ既定路線ですが,それはほとんど修士までで博士に行く人はかなり少ないです.文系ともなれば,その数はさらに激減することでしょう.いったいなぜこんなことが起こるのか?実は,少なくない人が「博士にはメリットが少ない」と考えているのをご存知でしょうか?一方,大学の先生たちは学生を博士に誘いがちです.しかしいざ博士のコースに入ってみると,どうやら現実は甘くなく辛いことも多いようです.
筆者はこれでも博士の学位を持っているので,その経験も踏まえて博士進学を考えている方の助けになりそうな記事を書いてみようと思います.博士の生活をうまく進めるための方法も,併せて紹介します(筆者の独感).
博士とは
博士とは最も上の学位
博士って何?の疑問に対するシンプルな答えの一つに,最も上の学位というものがある.大学の4年で取ることができるのが学士,その上の大学院2年で修士,そのさらに上が博士であり,これより上の学位はもう存在しないのだ.どうしてそんなものが必要かと問われれば,答えは「1人で研究を進めるための免許」だからと言って良いだろう.日本国内だと少し事情が違うのだが,特に欧米先進国などの海外において,研究者として働くためには博士の学位はほぼ必須ということらしい.ある意味,世界共通でその人の研究能力の信用を保証する資格であるという考え方もできるだろう.
どうやって取得する?
博士の取得方法には大きく分けて2つが存在する.1つは論文博士と呼ばれるものであり,大学に提出した論文が博士の学位を授けるに値すると認めてもらう授与制度である.筆者はこちらを利用していないのであまり詳しくはないのだが,当然生半可な論文で通るわけもなくその難易度はかなり高いと聞いている.2つ目は課程博士と呼ばれ,修士を終えた後に3年間の博士課程と呼ばれるコースに入るものである.もちろん漫然と通っているだけでは留年確定であり,この3年のうちに大学が定める量・質以上の業績を挙げ,博士論文を書き上げ,厳しい審査を通って博士の学位授与を認めてもらう必要がある.京大の筆者がいた専攻だと,査読付き論文3報を雑誌に通す(2報で説得する道もあったとか)が条件であった.
博士になった後の進路は?
博士を取った人の進路も大きな関心事ではないだろうか?これについては,普通の人よりも選択肢が増える(減る部分もあるが)という考えで大体良いだろう.というのも,博士を持っていれば大学や研究所の研究職ポストを狙うことができる.公募条件を見ればわかるのだが,こういう研究職ポストの条件には「博士の学位を有する,または取得見込みであること」が必ずといって良いほどついている.もちろん,ふうつのメーカーに就職することも可能である.ただ,博士を持っている分初任給は少し高いはずだ.
ここまで書くと難しいこと以外にデメリットなどない気がするが,そう上手い話でもない.実際,博士を志して泥沼にハマり苦労する人というのはよく見かける.続いては,そんな苦労のカラクリに触れていこうと思う.
博士課程で苦労する
論文が出ない
博士課程で苦労する最も大きな理由は論文だと思う.博士の学位を授与する条件として,どの大学も大体が査読付き論文の学術雑誌への採録を条件に課している.この査読付き,というのが一般の人がほとんど知らない概念かつポイントなのだ.博士課程の学生というのはいわば研究者の卵である.世に出た時には,新しい科学的・文化的発見を生み出す力を持った人になっていなければならない.ということで,学生のうちから研究成果を論文としてまとめ,多くの科学者が成果を発表する論文誌と呼ばれるものに載せてもらうよう練習するのである.つまり,大学の中だけでなく外の世界で研究成果を認められてこいということなのだ.もちろん,書いたものが簡単に雑誌に載るようなことは無く,基本的には非常に厳しい審査を受けることになる.この審査のことを査読と呼ぶ.査読するのは同じ業界で活躍している研究者である.で,少なくない論文がこの査読を通過できない.そして,査読は1度で終わるものではなく,1度通過しても山ほどの修正箇所を指摘され,それらを修正したのちに2回目以降…と続いていくのだ.また,英語の雑誌に投稿する場合,本文を英語で書くことはもちろん査読者との大量のやり取りも全て英語で行うことになる.
上の説明で大体わかると思うが,論文を通す(雑誌に載ること)というのは,博士課程学生のようなひよっこには少々ハードルの高い戦いなのである.この論文を通す作業に多くの学生が苦労するのである.筆者の周りでも,なかなか論文が通らずに苦戦している人が,同級生,先輩,後輩に数多く見られた.その多くは3年間で規定量の論文を出すことができず,先輩よりも先に卒業してしまったり後輩がいつまでも大学に残っていたりということがザラにあったものである.
お金がない
これも博士課程学生の深刻な悩みの一つだろう.博士というのはかなり忙しく,論文を書く以外にも日本中,世界中を飛び回って学会発表や打ち合わせをする.嘘みたいだが本当の話で,筆者も博士の1年半くらいの期間でアメリカ,イギリス,メキシコなど飛び回っていた.それに加えて日々の研究や論文執筆なんかも山のようにあるので,バイトなんてしている暇はないのである.もちろん多くの大学で博士課程の学費を無料に近い状態にする手段が用意されているが,生きているだけで金がかかるのが人間なので,家が金持ちでもない限りは倹約生活を行う必要がある.一応,日本学術振興会というところが月20万円の給料(+100万円/年の研究費付き)をくれる特別研究員(学振と呼ばれる)という制度をやっているので,これに通ればかなりリッチな生活ができる.しかし,この学振と呼ばれる制度の合格率は20%を切っている.審査対象は応募してきた学生全てなので,東大や京大含めた全ての学生に混ざって上位20%に入るという大変な戦いなのである.一応大学がTAやRAといった学内アルバイトを用意していることがほとんどであるが,月10万円もないことがほとんどだと思う.これで家賃と食費.光熱費が払えるだろうか?
さて,そんなことをしている間に,博士に進まず修士で卒業し就職した友人の話が聞こえてくることだろう.土日休みで給料までもらえる一足先に就職した彼らと自分を比べて,あなたは病まずにいられるだろうか?
周りがすごい人ばかりと思い込む
筆者が4年生時に研究室配属されて驚いたのは,博士の学生が優秀なことであった.教員とも対等に議論をしている姿は,それまで筆者の中にあった学生像とはあまりにもかけ離れていた.もちろん,それは一部のよくできる先輩が目についていた,あるいは博士課程の希望者がまだ少なく学年の精鋭のみが進学している状況だったのであろう.博士課程進学自体がマイノリティであることはすでにお察しのことと思うが,それは進学した本人もよくわかっている.人と違うしんどい道に進んだ自覚があればこそ,その道で早く成果なり結果なりを出すことを強く意識するようになる.そうなると,同級生や後輩が優れた成果を出した時などは結構焦るものなのだ.同級生の**は学振に通ったらしい,後輩の++はもう2報目の論文を書いているらしい,のような情報は,気になって仕方ないことだろう.そして,そのうち自分の業績の少なさに自分で打ちのめされ,病んでしまうというパターンがまま見られる.
まとめると
詰まるところ,博士の苦労は心の苦労である.論文が出ない,金がない,デキる同級生や後輩が妬ましい,みたいなことは,本人が鈍感で気にならなければどうということはないはずだ当たらなければどうということはない.ただし,人間とは比較の中で自分の立ち位置を理解する生き物である.頭で割り切ろうとしても,感情が先行することもままあるだろう.続くセクションでは,そんな博士課程をうまく乗り切り学位取得まで進めるコツ(だと筆者が思っているもの)をお伝えしたいと思う.
博士課程を上手に乗り切るコツ
そもそも博士進学の動機は大丈夫かチェックする
意外と多いのだが,よく考えずに博士に行こうとする学生が少なくとも私の周りにはいた.先輩が進学したから,同級生が進学予定だと聞いて,などの理由は背中を押すきっかけとして十分あり得ると思うのだが,核となるあなたの進学動機はもう少し確固たるものであるべきだろう.何せ,期間短縮でもしない限り博士課程は3年,順調に卒業してもその時あなたは30歳目前なのだということを忘れてはいけない.
また,筆者の中で最もマズいと思う動機は「希望通りの就職ができなかったから博士に進学する」である.この動機で進学し,規定の年数で卒業した人など見たことがないのだ.この理由の一つは単なる準備不足である.急に進学に切り替えてその後がスムーズに進むほど,甘い世界でもないようなのである.
本当に将来のキャリアに博士号が必要かどうか,今一度思い直してみるのは大事なプロセスである.特に,文系の人は気をつけてほしい.法学部などの事例以外なら,大学院進学すら気をつけた方が良い場合もある.
とにかく論文を書く意識が大事
査読付きの論文をきちんと通している博士の学生で,卒業に苦労している人はあまり見たことがない.それくらい論文を出すということは大変なのだが,逆にここさえ押させていれば誰も文句を言えないということになる.筆者はこの点を早くから意識し,D2の終わりまでに5本の論文を通した.そう,後1年残っている状態で2回卒業できそうな程度の業績を貯めたのである.こうなると進路指導面談などではいつも和やかなムードになるし,隣の研究室の教授に廊下で「いつまでいるんだ,さっさと卒業しろよ(笑)」とか言ってもらえる状態になっていた.ただ,この5本というのには研究の本筋からやや外れる論文も含まれていたので,最終的にその1本は審査対象から外してもらった.
じゃあ書けば良いと言って書けるなら誰も苦労しないので,結局ここにも高いハードルがあるように思う.論文を書く上でよく聞く大変さは次のようなものだろう:
クオリティに納得できない
何度も掲載拒否(rejectという)される
査読で心が折れる
1については,博士の学生の内から気にすることができればかなり理想的である.ただ,それが卒業を危うくしてまでやることなのかどうかはよく考えるべきである.クオリティに納得できないから1年卒業を伸ばす,という考え方は立派かもしれないが,せめて2か3報目で重視してはどうかと思う.
2のrejectというのは,論文誌に原稿を提出したが審査で落とされるという意味である.これはよくあることで,筆者も2回ほど連続で喰らったことがある.しかも一回の査読には数ヶ月がかかるので,落とされた際にはそれなりに落ち込むものだ.ただ,rejectといっても無言で突き返されるわけではなく,通常はなぜダメだったかの指摘とともに原稿が返ってくるものだ.そういった査読者からのメッセージを丁寧に拾っていけばrejectの度に原稿のクオリティが改善されるので,これも諦めずに取り組むしかないだろう.あとは,掲載に適した雑誌を探すと言う手もある(普通はこれを毎回やる).
3についても似たようなものだが,査読から返ってきた論文には山のように指摘のコメントがついていることも珍しくない.これにひとつずつ対応して修正した原稿を再提出するのだが,この作業も結構大変である.しかも,遠慮なくズバズバと指摘されるので,読むのも結構辛い.
1〜3に共通するのは,やはり心が論文執筆作業にかかる負荷に耐える必要があるということだろう.辛いのはわかるが,rejectを何回喰らったとて別に命を取られるわけでも罵倒されるわけでもない.顔の見えない人から何か言われるだけなのだから,粛々・淡々と処理する心構えでいれば良いのである.
なお筆者の論文執筆方法として,落とされる前提でとにかく仕上げて出す,というものがある.というのも,クオリティに関しては指導教員のチェックが入るだろうし,最低限は担保されるものと思われる.担当教員によっては放任主義の場合もあるだろうが,その場合でも先輩や後輩に読んでもらうことが可能であろう.とにかく,出していないものは絶対に掲載されないので,どんどん見せてサクサク直し,キリの良いところで投稿してしまうのが良い,ということだ.もちろん,いい加減なものを出すという意味ではないことを付け加えておく.きちんと推敲を重ねた上でクオリティの伸びが悪くなってきた段階で出す,ということである.
博士課程でも進路選択は柔軟に
これも大事だと思うのだが,博士に進んだからといって大学教員やポスドクになる必要はない.そもそも大学教員のポストなんて数が少なすぎるし,任期付きのポスドクになってしまうと不安な日々が続くかもしれない.もちろんそれらを目指すこと自体に問題はなく,目的意識あっての行動であれば逆に素晴らしい選択であるといえる.ここで主張したいのは,そういったものにならなければならないという思い込みは不要である,ということなのだ.筆者の先輩や同級生,後輩の博士課程出身者は,さまざまな進路に進んでいる.そして,実は筆者のように大学で研究するものはどちらかというと少なく,最初から企業に進んだものの方が多い.また,一度大学教員(助教)になったものの,その後企業に転職したものもまたいる.おそらくであるが,企業勤めをした方が給料の面では有利なことも多い.博士号をどのように活かすかという問題に直結する気もするが,一般企業という選択肢を捨てないようにして考えて欲しいと思う.
さいごに
筆者自らの経験も盛り込みながら,博士課程について書いてみた.「博士」というものは普通の人たちの目から遠いところで養成されており,従って内容に驚いた方もおられるかもしれない.同時に,学生が周りからの理解を得られず孤独に奮闘すルコとになりがちな側面も併せ持っていると思う.これを乗り切るために大事なのは「メンタル」「金」「論文」である.博士に進んでしまうと,少なくない人が自分だけ周りに置いて行かれているような気持ちになるだろう.給料を稼ぎ出した同級生と比較して自分の生活は自転車操業状態,しかも論文がなかなか出ずに辛く病んでしまう・・・まさに黄金パターンである.分からなくもないのだが,とにかく一点でも突破してしまえば光が見えてくることもあるだろう.レターでも良いので論文を出す,早めに準備してDC1を狙う,そもそも博士進学をやめて就職する,その時々にあった対策がきっとあるはずだ.これを読んで博士進学の気が失せた方,進学前に読んだことで心構えができた方,そのほか色々な方がおられると思うが,病まず健やかに進まれることを祈る.
Kengo HISAKAWA