
英語論文を量産する方法(特別な英語教育なし)
※忙しい人はタイトルと太字部分だけ読めば大体OK!
さてさて,今回は筆者の本職から少しノウハウをお届けしたいと思います.議題はズバリ,英語論文の効率的な書き方です.筆者はビンボー宅浪生活を2年過ごしたあと京大に合格し,そのまま博士の学位まで取得しました.この博士を得る上で大事なのが論文の執筆数なのですが(質は査読である程度保証されるとして),コレがなかなか出ないのです.しかも,この論文は基本的に英語で書く必要があります.別に日本語でも逮捕されないのですが,世界中の人に読んでもらうためにはやはり英語の方が適しているわけで,英語で書くのが当然,的な空気が研究室でも漂っています.ただ,筆者は貧しい農家の生まれで,幼い頃から英語に触れる機会はありませんでした.中学1年時には新しく始まった英語に一度挫折しかけ何とか持ち直したものの,論文執筆で求められる英語のレベルは中高どころか大学入試のレベルなんかじゃ到底届きません(ネイティブの書いた原稿に混ざって審査を受けるので).そんな筆者も,当然英語での執筆には苦労しました.ですが,ここでもオリジナルの方法を開発し,最終的には英語で4報の論文を通しています(計5報,1報だけ日本語で書きました).また,博士修了に間に合わなかった未発表の6本目の原稿も英語で書き終えており,加えて200ページを超える博士論文も全て英語で執筆しました.AIによる自動翻訳などなかった時代にこのような英語論文の量産体制を作ることができた理由を,ノウハウ的にご提供できればと思います!
論文を書くために筆者がやっていたこと
博士学生に必須の論文執筆が大変なハナシ
この件には別記事でも触れているが,博士課程を修了するためには論文を書くことが求められる.論文とは研究の成果をまとめたものであり,厳しい審査に合格すれば学術誌と呼ばれるものに掲載の許可が下りて出版される.学術誌にはさまざまな種類が存在し,掲載の審査が比較的緩いものから嫌がらせのように厳しいものまで数多く存在する.例えばNatureやScienceといった雑誌は,掲載することがこの上なく難しい部類の雑誌ということになる.もちろんいきなりそんなトンデモ雑誌を狙う人は少ないだろうが(たまにいるけど),それでも論文を書くというのは実に大変な作業である.もう少し表現を変えると,難しいというよりコツのいる作業である.
そもそもであるが,大学生というのはそんなに(学術的な)文章が書けないものである.書けていると思っていても大抵の場合は思い込みで,教員などに添削してもらうと赤ペンで真っ赤になって返ってくるのが普通である.これはある意味当然なのだが,日記やXと異なり,論理を組み立てながら正しい言葉を使って文章を書くという作業には,ある程度の訓練とそれに伴う慣れが必要なものである.ましてそれが英語ともなると,その難易度は跳ね上がってしまう.
次の項目から,筆者が英語論文を書くために行なっていた実際の行動を書いてみようと思う.
英語論文を書くためにやったこと1:オリジナルのフレーズ集を作る
筆者の場合,できないことに直面した際の行動は大体パターン化されている.自分の脳内だけで物事が完結しないのであれば,能力を補強するための教材を自力で作って何とかしようという方向にいつも行くのである.修士の学生の時もまさにこれで,最初の英語論文(この時はまだ国際会議の原稿だったが)執筆にあまりにも苦労したため,何とかせねばと急いで作業に取り掛かったものである.
この方法というのも特に真新しくなく,
関連論文を色々と集める
集めた論文を読みまくる
読みながら,使えそうなフレーズを役割ごと(一般表現,専門表現,…)に色分けてラインマーカーを引く(PCで)
宇宙,物理一般,プラズマ,…などのカテゴリに分けてその中で先ほどの役割ごとに整理する
左にオリジナル英文,右に日本語訳という形でフレーズ集を蓄積していく
こんな感じであった.こんな感じで何十本か勉強がてら英語論文を読みながら使えそうな英語表現を集めていったのである.また,ある程度表現集に数が揃ってきた段階で集中的にフレーズ集を作る作業はやめるのだが,普段から勉強している際なども使えそうな表現にあたればマーカーを引いておき,時間を見つけて表現集に追加していったものである.ちょっと昔のファイルを探して持ってきた:

古いので訳が怪しいものがあるかもしれないが,特に修正せずそのまま載せている.当時としてはとにかく英語で論文が書けるようになりたくて必死だったため,かなりの数が詰め込まれていた.また,文末の参考文献も整理されており,気になった場合はすぐに表現を拾った元の論文情報にアクセスすることができるようになっている.このようなフレーズ集があれば,表現につまってもその分野の先駆者が以前に用いた表現から似たようなものを探して即座に参考にすることができるのである.
英語論文を書くためにやったこと2:英文校正サービスを使う
英文校正サービスとは,有料の英文添削サービスだと思ってもらって良い.論文として書き上げた英語原稿には,どれほど数をこなそうとも多少のミスが紛れ込んでいるものである.aをtheと書いていたり,三単現のsをうっかり忘れていたりということを10,000語近い文章で一度もやらかさないのは難しい.そこまで小さなミスであればまだ良いが,そもそも表現自体が伝わりにくいということも十分考えられる.ただ,日本人が英語をきちんと書けないことはすでにバレているので,そういったものを修正するサービスが提供されているのだ.チェックするのはその道のエキスパートである(ということになっているが,雰囲気から察するにおそらくバイトである).筆者も原稿を書き上げた後にはいつもこのサービスを利用し,原稿のクオリティをアップしている.金額はサービスにもよるが,1報の論文につき大体5〜10万円というのが相場だろうか.もちろん自腹で出すなどということはせず,自分の研究費を使っていた.それが無いうちは,指導教員にお願いして研究費から出してもらっていたものである.
ここまで書くと「英語の修正してもらうのがコツなの?」と思われるかもしれない.だが,これは決して侮ってはいけない問題なのである.というのも昔,「英語のクオリティが低いからrejectね」と突っぱねられたことがあるのだ.そう.「ネイティブが読めない」というのは立派な不合格の理由になるのである(当然だが).つまり,採択される英語論文を書くという意味では,この英文校正を適切に使うこともまたコツと言えるだろう.
英語論文を描くためにやったこと3:数値シミュレーションの活用
これは分野にもよるだろうが,研究内容をシミュレーションに寄せてしまうというのも一つの手である.シミュレーションとはコンピュータを使用した思考実験であり,最近だとゲームソフトにも組み込まれている技術になる.頭に”数値”という単語をつけて数値シミュレーションと呼ぶこともあるが,これは基本的に同じものを指していることが多い.具体的には,実際の現象を記述する微分方程式と呼ばれる方程式をコンピュータで解くことで,コンピュータの中で物理現象を再現しその結果に考察を加えるというのがその実態である.ただ想像に難くないだろうが,数値シミュレーションは実際の実験による検証と比較すると見劣りしてしまう部分があるともいえてしまう.しかし,シミュレーションを先に行なっておくことで後に続く実験の効率化が行えるという素晴らしいメリットも存在し,その有用性は極めて高いといえよう.金がかかる研究(宇宙探査,核融合,航空機開発,磁気圏プラズマ,…)を大学の研究室レベルで行う場合,シミュレーションのみで完結する研究テーマというものが必ずといっていいほど設定されている.あくまでシミュレーションも大事な技術だというのみで,論文目当てでこういうものに飛びつけといっているのでは「ない」ことは強調しておく.とにかく,自分がやっている研究にシミュレーションの入り込む余地がないかどうか,あわよくばシミュレーションによる検討のみで論文として完結させられる部分がないかどうかを検討して欲しい.
まとめ: 英語論文量産体制はどうやって作った?
まとめてみると,英語論文を量産するために筆者が行ったことは次である:
英語フレーズ集を普段から作りためておく
細部のツメには英文校正業社の力も借りる
シミュレーションに置き換えられる内容を含むように論文構成を工夫する
苦労している人は何をすれば良いか?
筆者自身の体験から色々と書いたが,現在博士課程に在籍する学生さん,これから進学しようとしている方に向けて,英語論文の書き方をアドバイスしていこうと思う.今回は英語論文という話にフォーカス気味なので,実験結果などはすでに揃っている状態を仮定しよう.
論文執筆に苦労している人へのアドバイス
まず,英語で文章を書くこと自体のハードルが問題となるだろう.ただでさえ英語でものを書くことがおぼつかないのに,その上科学技術英語を使いこなすというのはなかなか難しいことであろう.ここで筆者の経験を参考にしてもらえるのであれば,勉強のために読んでいる(であろう)英語論文から使えそうなフレーズをまとめてフレーズ集を作ってはどうだろうか?論文を読む機会はある程度あるはずなので,とにかく真似できそうなものにマーカーを引き,時間を見つけてまとめておくのである.使用するソフトはワードなどで良いし,持っていなければgoogleのオンラインツールでも問題ない.英文と訳を左右に分けて書く場合は,excelやgoogleスプレッドシートの方が向いている場合もあろう.とにかく,表現集を作成する環境を作って取り組んでほしい.日本にいる限り英語能力がどこからか降ってくることはないので,同分野で成果を残している先人の真似から始めるのがやはり手っ取り早いだろう.というかそれしか方法がない.
フレーズ集がある程度充実すると,今度は言いたいことと似た表現をフレーズ集から探し,適切にアレンジして英語の文章を書くことができるようになる.もしかしたらカンニングみたいで気が進まないかもしれないが,気にせず続けてほしい.というのも,この作業をやっているうちにフレーズ集にある表現が自然と頭に溜まっていき,これまた自然と使いこなせるようになってくるからだ.
日本語→英語の翻訳を効果的に使う
これを読んでいる多くの方の母語は日本語であることだろう.したがって,英語より日本語の方が得意だという人もまた多いと思う.こうなってくると当然,一旦日本語で書き上げた文章を英訳する,という選択肢が一度は浮かんだことがあるのではないだろうか?確かに可能だろうが,筆者はこれをあまりお勧めしない.当然であるが,全てを一度日本語で書いてしまうと英訳の作業が必要になる.ご存じのとおり日本語と英語では細かいニュアンスがかなり異なるし,使うべき表現が全く異なることもある.下手に流暢な日本語で書いてしまった大量の文章を自然な英語に直すのは,たとえ自分で書いたものであったとしても骨なのである.先の英語フレーズ集を活用するなどし,日本語を経由せず最初から英語で書き始める方が高効率,というのが筆者の経験である.というか,英訳など面倒くさくてやってられない.
では日本語で一旦書くという行為を全くやらないのかと言えばそうでも「なく」,本当に必要な箇所,正確性を特に出したい場所のみに日本語執筆→英語訳,の方法を使うのが筆者のやり方である.例えば論文のイントロなどで,先行研究の課題を挙げつつ自分の提案手法で何を解決しようとしているかをアピールする,など前後の文脈を絡めた少々複雑な作業を行うことがままある.こういった高度な作業が求められる場合,一度日本語で書いてからそのニュアンスを英語における表現に丁寧に落とし込む,という作業を行うと,文章の確度が向上する(と思う).ということで,論文を書く上では,基本的に最初から英語で書いておき,どうしても表現に困る部分や自分の意図をより正確に反映したいなどの重要箇所だけ,必要に応じて一度日本語を経由するという方法がお勧めである.
思い出したのだが,一旦全て日本語で書いてから英語に訳すという作業で論文を書いていた先輩がいたのを思い出した.あまり詳しくは書かないが,論文がなかなか出ずに,修了までそれなりに苦労されていたと思う.
英文校正サービスを使う
結局金かよ,となってしまいそうであるが,英文校正はやはり使えるようにしておいた方が良い.というのも,やはり英語をネイティブ並みに使いこなすということは,我々日本人にはなかなか難しいものだからだ.これは大学の教授クラスでも例外ではなく,たまにとんでもない英文を書いてくるベテランがいたりもする.5円/単語程度の料金設定であれば,レギュラー論文で1報あたり大体5万〜8万円程度であろうか.その程度であれば,たとえ研究費でなくとも運営費交付金から都合してもらうなどの支払い方が考えられるだろう.もし資金の都合がつかない場合は,外国人の友達に読んでもらうという手もある.自分で見つけられればそれで良いが,難しければ指導教員にかけあうという手もある.「金が出せないならせめてネイティブ連れてきてください」で良いのではないだろうか?指導教員は少なくとも論文著者の低くない順位に載っているはずなので,そのくらいのことは嫌な顔をするかもしれないが引き受けてくれることだろう.
論文化することを意識した研究活動
「論文が出ないと博士を修了できない」という事実がある以上,研究も論文化を前提に進めるべきである.これは当然のことだと思っていたのであるが,実はあまり意識していない人もいるそうだ.今やっている研究をどこで区切って論文化するのかということは,常に頭のどこかで考える癖をつけておくことが良いだろう.これはそれほど難しいことではなく,多少荒っぽくても良いのでおおまかに論文かしたい範囲を決めて良い.いざ論文を書き出してみると過不足がすぐに整理され,やるべきこと(と削るべきこと)に迷うことはあまりないだろう.逆に,終わりを決めなかったりいつまでも執筆に取り掛からないでいると,この部分が曖昧になってどんどん修了が遠のいていくことだろう.また論文化を意識するという意味では,数値シミュレーションで置き換える余地がないかどうかも意識してほしい.論文の最終章に掲載する予定だった実験が時間を食いそうな場合,その部分を次回の論文に回して数値シミュレーションに置き換えるという大胆な方法も,規定の年数できちんと学位を取って修了するという目的のためであれば選択肢に入るかもしれない.
フレーズ集なんか使って盗作にならないか?→ならない
さて,ここまで色々と書いてきたが,一部の読者の方は次のようなことが気になっているのではないだろうか?:
人のフレーズなんて使ったら盗作だと思われてしまわないだろうか?
当然の心配であろうが,実はほとんどならない.もし心配なら,回避する方法がきちんと存在する.まず,色々な論文から表現を集めたとて,出来上がったものをネイティブに見せると案外不自然だと思われてしまうものである.英語論文から拾ってきたフレーズは元論文の中に存在する文脈の流れで自然に使われたものであり,そこだけ抜き出して自分の論文にハメ込んでも完全に溶け込むことはなかなかないのである.また,あるフレーズを全くそのまま使うということも少ないであろうから,やはり使われ方や細部はオリジナルと異なってくる.出来上がった原稿を英文校正にかけるとわかるのだが,見事に真っ赤になって帰ってくることだろう.経験的にはフレーズ集からのツギハギで書いても大抵は盗作と呼べるほどに似か寄ることは珍しいが,英文校正を経た後だとその可能性はさらに下がり,ほぼ問題にならないレベルだと思ってもらって良いと思う.それでも心配な方は,iThenticateなどの専用のチェックツールを用いることをお勧めする.世の中には自分の論文が出版済み論文とどの程度に通っているかを判定するツールというものがいくつかあり,これを利用することで盗作の疑惑をほとんど払拭できる.筆者はある国際会議論文を同じ学会が運営する学会誌に微修正して出そうとしたことがあるのだが,文章が似ている点を60%以下にしてくれ!との指示を受けた際にこのツールを活用した.どちらも筆者のオリジナル文章で同じ学会が運営している雑誌なら似ていてもいいじゃん?と思いつつキレながらやったのは内緒だが,この作業を経ておけば確かに盗作の心配はほとんどなくなるのだ.
さいごに
基本的には筆者の経験をもとに英語論文を量産する方法を書いてみたが,いかがだっただろうか?英語は人の真似をせよ,金を払ってプロに英語を直してもらえ,実験をやめてシミュレーションをせよ,というネガティブな捉え方もできる記事であまり好感を持たれないかもしれないが,実践による実行値が高いと思うことを正直に書いてみたつもりである.
筆者は少なくない場面で,博士学生の立派な理想が論文執筆や修了(!)を妨げてしまうのを目撃している.「もっと論文のクオリティを上げた」「この実験をやり切ってから卒業したい」・・・のような理想のもと,論文執筆はおろか修了自体を伸ばしてしまうパターンである.もちろん聞こえは良いのだが,それらがきちんと完遂されなければ所謂「口で言ってるだけ」状態である.やはり,最初のうちは論文を出すことにこだわり,余裕が出てきてから「次は理想の論文を書き上げてやる」と思いっきり意気込むのでも遅くはないのではなかろうか,と思う.1報書き上げるというのは,力を抜いてやったつもりでも最終的にそれなりの労力を求められ,無事に終わった暁には様々な経験を得ているものである.この1報を通す作業を経た後であれば,さらに良い論文が書ける状態になっているであろう.
偉そうに書いたが,論文執筆や研究に関しては筆者もまだまだ修行中の身である.ということで,この記事を読まれた方と,気持ちの上ではともに精進していきたいと思っているのだ.皆さんの論文執筆ライフが充実されることを願って締めくくろうと思う.
K. HISAKAWA