見出し画像

no. 14 戦いを終えて

京大合格で幕を閉じた宅浪生活は多くの人に支えられていた

 このような形で,私の長く孤独な浪人生としての戦いは終わった.2年間を費やすという代償はかなり大きかったが,難関大学への合格ということでなんとか帳尻を合わせた形になるだろうか.誰にも頼ることなく自分と向き合い続けた結果,2年前には想像もできなかった大学への合格を勝ち取ったこの体験は,今も私の根底を支える糧となってくれている.ただ,誰にも頼らなかったのは勉強だけであり,それ以外の部分では多くのサポートを受けていたことも事実である.親戚は20歳近いニート同然の私にお年玉をくれて交通費・参考書代・そのほか雑費をサポートしてくれたし,何より家族がわがままを許してくれた.勉強がうまくいかない時,私は物に当たり散らしていた.情けない話であるが,そうしないと日々のストレスをやり過ごすことはできなかったのである.大学に入ってからは「どうやったら怒るのか分からない」などと言われた私なので,当時の心の状態はかなり悪かったのだろう.そんな姿を側で見ていた弟と父の心労,そして懐の深さは計り知れない.
 そして,もう一つ忘れてはならないことがある.それは,京大に現役で受かる人の方がすごい,ということだ.人間というのはギャップに目が行きがちなので,神戸大に落ちてたやつが宅浪・独学で京大に受かったという話はついつい美化されやすい.だが,合格者の中で最も多いのが現役生ということが事実であり,従って私は現役生に混ざって合格した,少し歳を取った少数派でしかないのである.大学生活ではこのことを肝に銘じ,調子に乗らないように気を付けていた.

×手のひら返し ○頑張りの評価

 上では調子に乗らないように気を付けていた,と書いた.しかし,京大に受かったことで得られるチヤホヤ効果には正直驚いた.別に自分から京大をアピールすることはないのだが,学費の振込やその他役所で行う手続きなどで大学名がバレてしまうことが実は結構ある.まず,郵便局の受付の女性の態度が変わってしまった.「いいとこ行ってるんですね」と,学費の振込手続きとは直接関係ない話題を丸い目をして振ってくるのである.また,地元の支所まで入学に必要な書類を取りに行った際にも,係の女性の態度が完全に変わって優しくなってしまったことに驚いた.浪人時代,バイクの登録手続きに必要な書類を取りに行った時にはもっとそっけなかったと思うのだが.しまいには「うちの息子はアホ私立なの.独学で京大なんてすごい!おばさん,あたなのファンになった」とまで言われる始末である(息子かわいそう).金髪状態で浪人から合格まで貫いていたので,見た目とのギャップも効いていたのかもしれない.そのほかにも,地元で「お前の息子,よくやってくれた!これでうちの地域も鼻が高い!」と父が言われたり,油断すると調子に乗ってしまいそうなエピソードがかなりの数生まれたものだ.
 さて,このように身の回りの人たちが手のひらを返したように自分を褒めてくれる状況をどう感じたかというと,私はかなりポジティブに捉えていた.一見手のひらを返したように思えるのだが,見方を変えれば自分が頑張って得た成果をしっかりと見て評価してくれているともいえるのだ.頑張ったことに対する評価は,当時の私にとっていくらあっても足りないくらいだった.なお,兄弟で京大,という最大の自己アピールネタもできたが,腹筋を破壊すると大変なのと自動的に弟を巻き込むので(これはいいか)マフーバしている.

Mの手術と焼肉

 この頃の私には気掛かりもあった.M君の手術が近づいていたのである.全身に転移した癌が抗がん剤のおかげでかなり縮小し,ついに手術を受ける段階に来たのだそうだ.合格を勝ち取ったあと,地元の同級生がお祝いをしてくれることがあった.しかし,当日がMの手術だったため,気になって全く食事が喉を通らなかったのを覚えている.12時間に及ぶ手術後は看病を手伝うなどした.薬の影響か,この期間だけ少し性格が変わってしまったMを見ていると心配になったのを覚えている.だた,幸いなことにMは少しずつ回復していった.「治ったら,合格祝いも兼ねて焼肉しよう!」とM君の父親と約束したのもこの頃である.そしてこの約束は,春に無事果たされることになった.寛解状態で退院が叶ったのだ.お互いに大きな困難を乗り越えた状態で食べるバーベキューでの焼肉は実に美味かった.うそ.本当は味など全く覚えていない.

幻の東大・京大同時合格

 そういえば,もう一つ奇妙なことが起こった.はっちゃんという,私からすれば遠い親戚が「自分の孫もK君(私のこと)と同じタイミングで京大に合格した」と言い出したのだ.ちなみに,私は今まで一度もそのはっちゃんに会ったことがない.何が奇妙かというと,普通なら「すごい!」となるはずなのだが,親戚たちはどういうわけかはっちゃんの話をあまり信じていない様子だったのだ.私の父もそうだが「受かった『らしい』.本当かな?」と言うのである.特に嘘をついている証拠があったわけではないそうなのだが,気になったのでそのはっちゃんがどういうことを言っているのか父に聞いてみた.はっちゃんが言うには「孫が京大に受かった!東大にも受かった!でも,近いから京大の方に通う!」だそうである.当然であるが,国公立の入試で出願できるのは各日程につき一校のみである.ここで思い出してほしいのだが,京大には前期日程しか無いので,はっちゃんの主張は少々苦しい.そのシナリオを成立させるためには,前期で京大,後期で東大という奇妙な出願パターンを実施しなければならなくなる.しかも,何故か通うのは京大の方だという.ということで,この東大・京大同時合格には結構な無理があるのだ.ただ,父を含めた親戚はこのような大学の出願制度を知らないはずなのだが,それでもはっちゃんの話を疑っていた.そこでもう少し話を聞いてみると,どうやらこのはっちゃん,負けず嫌いのほら吹きで有名だったようなのである.うちの父は中卒で,おそらく親戚の中で賢いというイメージはなかったのだろう.当然,その子供である私たち兄弟も同じようなものだと特に警戒していなかったのだと思う.だが,その息子が一人京大に合格し,次の年にはまた一人受かって京大進学率100%の家庭になってしまった.それがどうしても悔しいはっちゃんは,いつもの悪癖を発動させて大見栄を切ることにした.そこで(やめておけば良いのに)欲張って東大・京大同時合格といういささか過ぎた大盛りの料理で勝負に出たものの,東大と京大の試験日が同じだということを知らなかった,というのがオチなのではないだろうか.「いや,試験日同じだから無理じゃない?」と父に教えてあげたときには,さすがに笑っていたと思う.ただ,この情報の真偽は今まで確かめられずにいる.もしかしたら,京大に受かったことは本当なのでは無いか?というのを実は少し期待していた.もし本当なら同級生だったわけで,仲良くなれたかもしれない.ともあれ,勝手に京大・東大の同時合格者に仕立て上げられたお孫さんは何も悪くなく,気の毒でならない.もし本当に嘘でも(初めて使った表現である),慶應・早稲田同時合格くらいの,確かめようの無いものにしておいてあげればよかったと思う.

K. HISAKAWA

いいなと思ったら応援しよう!