『ふくすけ2024 -歌舞伎町黙示録-』治安が悪いのは舞台か、現実か
それまで松尾スズキや大人計画の作品を「何となくコワい」と避けていた自分が、意を決して観に行った『キレイー神様と待ち合わせした女ー』。うなされるほどの熱量に打ちのめされ、なんてものを観ちまったんだという衝撃がしばらく収まることがなかった。WOWOWで放送されたものを録画し、繰り返し観るうちにようやく腑に落ちてきたところだったのに、また重そうな宿題がのしかかってきた。『ふくすけ』である。
またあの衝撃を味わうのはちょっと抵抗があるなあ、と一瞬思ったものの、出演者の名前を観て、自分の手は勝手に先行予約抽選に応募していた。岸井ゆきの、黒木華、松本穂香。大好きな俳優さんが3人も出てる。これを見逃すという選択肢は残念ながら存在しない。
というわけでのこのことやってきた歌舞伎町。自分が学生時代、いちばん近い繁華街は新宿だったので、ひんぱんに来ていた。THEATER MILANO-Zaがある東急歌舞伎町タワーのところには、巨大な映画館、ミラノ座があった。そこでティム・バートン監督、マイケル・キートン主演で大ヒットした『バットマン』を観た記憶もある。
当時の歌舞伎町は、猥雑で、汚くて、ちょっと危ない印象はあったけど、どこか楽しげで、茨城から出てきた10代の小僧がひとりでフラフラしていても問題ない街だった。それが今や、日本屈指の治安の悪さを誇るダークな場所になってしまった。そういえば、Netflix版『シティハンター』は原作の世界観を忠実に再現している、と評価されていたが、自分はそこに描かれているのが昔の楽しげな歌舞伎町ではなく、いまのデンジャラスな歌舞伎町だと感じ、それがこのドラマのぞっとするような隠し味になっていると思えた。
また東急歌舞伎町タワーの中も、これまた治安が悪い(ような雰囲気)。フードコート『歌舞伎町Hall』は街の猥雑さをデフォルメしたようなデザインで落ち着かない。スタバがあったので逃れたら、ここも超満員でのんびりできる空気ではない。そそくさとアイスのトールラテを一気飲みして、まだ開場前だけど劇場フロアに行ってみよう、と長ーいエスカレーターを乗り継いでいたら、お腹が痛くなってきた。ところが劇場フロアには入れないし、他のフロアはトイレを貸してくれる雰囲気がない。これまじでやばい。2階にトイレがあるのは知ってたけど、あの混雑に耐える男性用個室の数があるとも思えない。しかしどうやらそこに賭けるしかなさそうだ、と脂汗をかいて向かうと、何とか少し待つだけでミッションコンプリートすることができた。
治安の悪さとスリルを存分に味わい、アウェー感満載で劇場へ。すると松尾スズキの場内アナウンスが迎えてくれた。
「治安の悪そうな芝居へようこそーー」毒舌を交えたアナウンスの中で、氏は何度も「治安の悪さ」というキーワードを繰り返した。どうやら、自分はこの作品を観るためのウォーミングアップを完璧にこなしていたようだ。
そんなこともあり、客席の座り心地はいいものの、居心地の悪さを感じながら開演を待つ。そして舞台の幕が上がると、そこにも「歌舞伎町」が存在していた。とんでもなく治安の悪い歌舞伎町が。現実と舞台の垣根が一気に取り払われて、眩暈がしそうだった。
3時間の長い芝居が終わると、これはある意味予想どおりに「また重い宿題を背負いこんじゃったなあ」という感想が残った。
大人計画をちゃんと見てない自分が語るのもおこがましいことは百も承知だが、松尾スズキや宮藤官九郎の脚本には、生も死も決して特別扱いしない、独特のドライさが感じられると思う。
今回の作品はそのドライさをさらに強烈に感じた。もはや冷酷さ、と言ってもいい。この『ふくすけ』の舞台上では、全ての人の感情やその発現としての行動について、これは良いもの、これは悪いもの、と区別しない。
純愛も、肉欲も、家族愛も、支配欲も、怒りも、安らぎも、暴力も、承認欲求も、信仰も、芸術も、そして「生命」の尊厳さえも、およそ人の生きるモチベーションになりそうなものを、すべて「似たようなもの」とひとくくりにしてしまう。そしてそれを取り除いた人間がいかにカラッポかを見せつけてくる。
観る側にも相当な覚悟が求められるハードな舞台。それでも、客を置いてきぼりにせず、きちんとエンターテインメントに仕立ているのはさすがの剛腕である。
『キレイ』のときには、全体がミュージカル仕立てになっているため、あの熱量を観る者の体内に(なかば無理やり)流し込んでくれた。
今回は、(これは自分にとって、だけかもしれないが)先に挙げた3人の俳優さんがその役割を果たしてくれていた。
岸井ゆきのは、あの浮世離れしたキャラクターを、見事に「現実のもの」として目の前に再現してくれた。映画やドラマで、その表現力の高さに舌を巻いていたが、舞台で観ると映像ではあえてリミッターをつけていたのか、と感じるほどの圧倒的なパフォーマンスで舞台上を支配していた。
近年活躍が目覚ましい黒木華は、まるで自分の美しさを自覚しているかのように「黒木華」を武器にして迫ってくる。サカエという人物を緻密に、そしてリアルに描き出しながら、同時にそれが黒木華以外の何者でもないのだ。
そして自分の大好きな(個人の感想です)松本穂香。これまでドラマなどで観ながら「この人は舞台でもきっと輝くだろうなあ」とファンの贔屓目も多量に交えつつ感じていた。実際、数々の舞台にも立っているのだが、自分は劇場で観るのは今回が初めて。彼女の場合、黒木華とは対象的に、完全に「フタバ」となっていた。あれほど魅力的な容姿(個人の感想です)なのに、それを感じさせない。もちろん魅力的なのではあるけれど、それはあくまでフタバの魅力であって松本穂香のそれではない。想像以上の演技力に驚きつつ、全身からあふれ出る寂しさ、悲しさに胸を突かれる思いだった。
と、あいかわらず作品の衝撃を全く受け止めきれておらず、他にも言いたいことはたくさんありすぎるが、もう少し消化してからまとめてみたいと思う。(だいたいそのままになる)
ところで、THEATER MILANO-Zaについてちょっと不満がある。松尾スズキもアナウンスの中で皮肉をこめて話していたが、退場が規制退場になっていた。エスカレーターもエレベーターも狭いためである。
ドン・キホーテの中に無理やり作ったAKB劇場じゃあるまいし、なんでこうなるのだろう?設計者はこの劇場が満席になることなどあり得ない、とでも思っていたのか?それとも、治安の悪い歌舞伎町らしく、主催者の言いつけには反抗してみろとでも言いたいのか?(ダメ。絶対)
商業施設内に新しい劇場が作られるたびに繰り返されるこうした構造的欠陥。これはもう日本の社会で「劇場」という空間が軽視されているとしか思えない。
『ふくすけ2024 -歌舞伎町黙示録-』公式サイト