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知能と身体の"共相転移"は起こるか

ChatGPT4の発表後、世の中は大きくうねりをあげて、今後起こるであろう大きな社会の変化に恐怖さえ感じる人も少なくない。かくいう自分も報告書や申請書の執筆で忙しい中、プロンプト開発に明け暮れる日々が続いた。

そんな中、ロボットや身体を含む身体知(Embodied Intelligence)に関してどんな研究が進んでいるか気になり調べてみた。

身体知はさまざまなアプローチがあるが、個人的には1994年のKarl SimsのEvolved Virtual Creaturesが最初の衝撃だった。いわゆる人工生命の分野ともいえる。

箱とヒンジ関節で構成されたシンプルな身体と知能を同時に進化させ、移動距離や泳いだ距離などを評価関数としてコンピュータの中で進化させた試みで、いわゆる進化的計算の先駆けだった。プログラマが意図しない身体を持つ物体が動く様は生物のような巧妙さを感じた。

そして、2000年に参考にしたNatureの論文では、LipsonらがKarl Simsと似た進化のプロセスをリニアアクチュエータで行い、その結果を3Dプリンタで出力し、実際に動くロボットにしたのだ。この試みは、コンピュータの世界で生まれた仮想生物(Golem)が実世界進出の可能性を示唆した研究だ。AIが進化して人間以上の知能を持ち、実際にロボットを出力して人間を滅ぼすといったSF感満ち溢れた議論に現実味が現れた。

そして、2021年発表されたのがGuptaらのEmbodied intelligence via learning and evolutionだ。彼らも身体と知能を同時に進化・強化学習させ、不整地の移動距離が長いものが生き残らせるシミュレーションを行った。今の時代らしく、そのソースコードもgithubで公開されている。

これらの動画を見てみなさんはどう思っただろうか?40年近く経って、個体の動きそのものはそこまで進化していないのではと感じた人が多いだろう。研究のアプローチは個々に異なり、それぞれでオリジナリティもあり、時代と共に進化はしているのだが、ぱっと見た感じの動きには1984年に比べインパクトが少ないのは事実である。

これはなぜか。ここからは個人的な仮説。友人の北川は物理学の相転移という言葉を使って最近のAIの進化の現象を説明した。同じ分子でも1つの場合と複数とで異なる現象が起こり得る(More is different)。ニューラルネットワークにおいても、これまで計算機の能力でできなかった計算量がGPUの進化によって、圧倒的に多いニューロンの数や複雑な構造をもつニューラルネットワークを深層レベルで強化学習することができるようになり、できることが飛躍的に増えた。昨今の大規模言語モデルを用いたChatGPTも、言語モデルの規模の大きさが相転移を起こしたという考え方である。

これらの研究に代表される仮想生物たちはシンプルな身体を持っている一方で、我々のような哺乳類は200以上の骨で構成された内骨格を、五感のセンサ入力を元に脳や神経で構成された制御システムで、600以上の骨格筋を用いて動かしている。複雑かつ精密にデザインされた神経筋骨格系である。この中にもニューラルネットワークに劣らない数のパラメータが存在している。もし、より複雑なニューラルネットワークとより複雑な身体を構成可能なバーチャル世界で仮想生物を進化させたら人間のようなものは生まれるのだろうか。

リチャード・ベルマンの有名な言葉に「次元の呪い」がある。これは、より多くのパラメータを扱おうとすると、計算量が指数関数的に増えてしまい、収束しなくなってしまう現象だ。おそらく現在のコンピュータではここまで複雑な計算はまだできていない。

一方で、身体にある程度の制約をかけることで高次の知識をもつ生物に似た挙動を生成する研究も多数存在している。
 例えば、Geijtenbeekらは身体に骨格と筋肉、そして筋肉をコントロールする神経系をもある程度決め打ちした上で最適化を行い、パッと見て人間の歩行のような運動が生成されている。

また人間の身体だけでなく、人間の動きもガイドとして与えたDeepMimicもおもしろい研究の一つである。

情報量の"相転移"により進化したChatGPTでこんだけ感動する我々は、もし身体と知能の"共相転移"が可能な計算端末が生まれたらどんな思想を持つだろうか。そして、その仮想生物が実世界にも進出することができてしまったら、さらにさらにコンピュータのデジタルの世界に我々が入り込むことができるのであれば、バーチャル世界と実世界を行ったり来たりすることもあり得るかもしれない。

あくまで妄想

今やっている一つのパラアスリートのスポーツ用義足の開発はまさに身体の一部と運動の実世界版共進化ともいえる。そうなるとコンピュータサイエンスが貢献できる部分はもう少しあるのかもしれない。

自分の過去の研究もこの分野であると思うので、貼り付けてみた

http://lab.sdm.keio.ac.jp/maenolab/previoushp/paper/rsj2004_endo.pdf


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