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アートに紛れ込んだエンジニアリング
経緯
昨年数ヶ月パリに滞在し、パリパラリンピックに向けた活動を開始する予定だったが難航した。その中でSonyCSLローマのディレクターVittorioからあるダンスカンパニーを紹介され、ローマに向かった。
打ち合わせの相手、アテルバレットはレッジョエミリアに本拠地をおくダンスカンパニーで、国立ダンス財団のサポートのもとあらゆるジャンルのダンスパフォーマンスを行う、イタリアを代表するカンパニーとして活動しているとのこと。
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彼らは2023年のメイカーフェア・ローマとローマヨーロッパ・アートフェスティバルでパフォーマンスを予定しており、そこで義足のダンサーとのパフォーマンスを画策していた。そこでスポーツ用義足を使って、新しい動きを模索してみたいという相談があり、プロジェクトが始まった。
この話を受ける数ヶ月前、長谷敏司さんのプロトコル・オブ・ヒューマニティをいただき、AIとロボットに関する座談会をする機会をいただいた。そして義足でダンスをするプロジェクトのお誘いをいただき、こんな偶然あるかと思い、パフォーマンスのテクニカルアドバイザを引き受けることになった。
事前準備
10月初旬のワークショップに向けて、まずはダンサーの方とのやりとりが始まった。Karim Randèは元々サーカスのパフォーマーで足を失ったそうだ。初心者向けのスポーツ用義足などは使ったことがあるが、短距離選手が履くような大きなものは経験がないらしい。そこで、まずはスポーツ用義足の製作からやりとりが始まった。彼の義肢装具士と連携し、体重や身長に合わせたパーツを送り、アライメント、高さの調整をリモートでアドバイスしながらなんとか作ることができた。この作業はこれまでに海外のパラアスリートの義足制作を現地の義肢装具士とやりとりしてきたので、比較的スムーズに行うことができた。
ワークショップ
10月初旬、レッジョエミリアのスタジオでKarimとコリオグラファー(振付師)Diego Tortelli,、もう1人のダンサーGiuseppe Morelloと自分で1週間のワークショップを行った。ワークショップはまさに0から動きを作るところから始まった。あらかじめ、Diegoにより用意されていた音楽と動きのパフォーマンスの方向性に合わせて、それぞれが提案をし動きを作りこむプロセスは新鮮かつ、刺激的であった。Karimはサーカスで元々使用していたCry Wheelとブレードを使った動きを持ち込んだ。自分もブレードならではの動きを事前に用意し、Karimに指導を行った。Karimは切断前からサーカスのパフォーマーだったこともあり、抜群の運動神経を持っていたが、ブレードの扱いにはまだまだ時間がかかりそうで、7日間のワークショップでは取り入れることのできない動きも多々あった。それでも、最初はブレードで"不自然"な動きが見られたが、練習を重ねていくにつれ、一つ一つの動きが洗練され、"自然"な動きに昇華していくのは圧巻であった。
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本番
10/19に行われたメイカーフェアローマのオープニングセレモニーの中で、今回作り上げたコンテンポラリーパフォーマンスアート'Body into the Flight'がお披露目された。さらに、その2時間後には別の場所でローマヨーロッパフェスティバルの中でも同じ演目が行われた。メイカーフェアはものづくりやテクノロジーに関するイベントなのに対し、ローマヨーロッパはさまざまなジャンルのコンテンポラリーアートの祭典だ。異なる趣旨のイベントに同じものを披露し、観客たちの反応の違いも興味深かった。
備考録
ブレードはカーボンでできた板バネであるため、能動的には動くことはない。外力なしでたわむこともなければ、地面を押し返すこともない。そのため、ブレード自体には筋肉のように骨を引っ張り関節を動かす機能はない。一方義足のアスリートたちは、ブレードを地面に押し付け、蓄えられたエネルギーを使って、地面からの反発力を得ている。言い換えれば、人間の身体を能動的に使わなくても、体を固めて体重をブレードに負荷させることによって、大きな反発力を得ることができるのだ。これまで我々は、この筋肉の動きとは少し異なる特色をうまく疾走に生かすことができないかと考えてきた。今回はこの特色をダンスの動きに応用できないかというチャレンジだった。
ワークショップ前にはブレードを使った様々な動きを考えていたものの、その動きのいくつかはKarimが試みると身体を能動的に動かしすぎてしまうせいか、ブレード特有の浮遊感をそこまで感じることはなかった。Karimは抜群の身体能力を持ってはいたが、7日間という短い期間で身に付く技術ではないようだ。
一方でブレードを用いた動きをたくさん取り入れることもできた。大きく分けると以下の3つである
地面を蹴る主体として
地面を積極的にブレードで押し、身体を動かす反発力を得る動作動きの補助として
主体的に動いている身体と地面を橋渡しし、動きをサポートする動作バランスをとるための質量として
地面とは接していないが、身体やCyr Wheelの動きをコントロールする動作
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KarimはCyr Wheelを勢い付ける動作などに主体的に使う以外は、ほぼ補助的にブレードを使用していた。一方で、Cyr Wheelの動きをコントロールする際にはブレードの質量を前後に動かすことによって、Wheel自体の動きをコントロールしているように見えた。ブレードを主体的に使用するのが難しい理由は、パッシブな機械を使って能動的に身体を動かす動作が人間の身体感と大きく異なるからではと考えている。一般的にこれまでの身体運動とはかけ離れたものであればあるほど、学習に時間がかかる。ブレードの扱いの中で最も難しいものの一つは、身体を素早く力強く動かすために、身体に間を作り、エネルギーのリターンを待つことではないだろうか。動きたい身体と待たなければならない反発力。この駆け引きがブレードを使った新しい表現の方向性と思う。
このプロジェクトは日本で全く話題にもならなかったが、最近障害当事者の視点を取り入れたアート活動を行う田中みゆきさんと「デザインと障害が出会うとき」を監訳された小林茂さんのインタビューを受けた。その中、「いちエンジニアがプロジェクトに参加する場合、よくチームの雑用的な立ち位置で参加することが多いが、遠藤の名前は2番目に出てくる。エンジニアがどうやってそこまでプロジェクトに深く関わることができたのか」、という質問があった。
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他の作品に関してはあまり知らないが、私が参加したプロジェクトに関して言えば、Diegoというコリオグラファーが現場で時間を費やし、決定権を持っていた。事前のワークショップではDiegoと自分、そしてダンサー2名で密な時間を過ごし、コンセプトや音楽、セットアップ、ライティングすべてDiegoが最終決定を行った。それだけ、コリオグラファーがリスペクトされており、彼の名前が1番目に表示されている。ワークショップでは舞台の前にテーブルが置かれ、Diegoはそこに座ってダンサーに指示を出していた。自分はその隣に座って、義足や身体に関する口出しをしていたにすぎない。ただこの濃密な時間を一緒に過ごしたことで、パフォーマンス制作に深く関わったというように感じ取ってくれたのだと、個人的には思っている。ちなみに自分から自分の名前も載せて欲しいとは一度も言ったことはない。現場レベルで貢献しているメンバーがしっかりとクレジットされるのは非常に清々しい。個人的には私よりダンサーの方が上にあるべきだと思ってはいる。
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また、現地のアートへの敷居の低さは非常に見習うべきだと感じる。自分がアートを語るのは日本ではやはり気が引けてしまうが、あのレッジョエミリアのコンテンポラリーダンスの本場のあの場でも色々と意見を出しやすい雰囲気はとてもやりやすかった。街の真ん中に立派なシアターもあり、招待していただいた演目は世界的に有名なコリオグラファーAnne Teresa De Keersmaeker氏の作品の公演だったが、平日にも関わらず満席の観客が惜しみない拍手が送られた。
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昨今では、日本含め世界中で障害者がこのような活動に参加することは珍しくないが、そのパフォーマンスは「障害者だから」という下駄をはかせられて、"頑張っている"演者をみるといった作り上げられたエンターテイメントの舞台の上で、もがいているパフォーマの多いこと。義足に関していえば、健常ダンサーの動きを参照し、義足を使ってできるだけ近い動きを真似るという方向性が正しいと思っている人々も多い。また、”健常者”の動きを四肢の一部が足りない条件で真似をするとどうしても違和感が生まれる。この違和感を乗り越えた先、"障害"者しかできない特異なかつ洗練された動きにアートが生まれるのではないだろうか。この葛藤が障害者パフォーマーたちを悩ませているのだろう。今回Karimが見せてくれた動きはその先の可能性を大いに感じさせてくれた。今後の予定はないが、またこのような機会に恵まれることを期待している。