帰郷
祖母に会いに10年ぶりに、父の実家にはるばる1人で行ってみた。
結局実家には、ラゴスから1日半かけて着いた。
出発前に父親からは、電話越しに多少のお金を持っていてあげて喜ばせてあげてとのことだったので、急いで米ドル紙幣を持って近所の両替場に走った。
両替場とはいえ、ただの道端でハウサ民族の輩と値段交渉をするだけ。
ハウサ民族の服装は独特で、肩から足首まで伸びた綿生地の衣装とペットボトルのキャップの様に角がしっかりした帽子を被っている。
また、たまたまなのか立派なヒゲをみんな揃って伸ばしていて、いかにも熱心なイスラム教徒だと分かった。
ただ、そんな黒人のイスラム教徒がゾロゾロ僕の周りに集まり、平然と自分たちの食費だと言い放ちながらレートから大幅に両替金額を下げてくるのは怪訝な雰囲気を醸し出していた。
結果、最初に提示された値段よりは多く両替もらえてうまく交渉したつもりが、身辺周りで助けてもらっているアベルには「酷いやられようだ」と値段交渉を酷評された。
祖母のいる田舎は、ナイジェリア東部イボランドの中規模都市オニチャからさらに2時間弱運転したところにあり、静かな森の中という印象が幼い頃の記憶としてあった。
少しづつ父の実家に近づくについれて、森というのかヤシやパパイヤの木がいっぱい生えたジャングルに道路が囲むように雰囲気変わった。
それでも、ジャングルのどこかに学校があるのか、学生服を着た男女の群れが学校から帰り道みんなで一緒に話をしながら歩いているのが目についた。
みんなで学校帰りケラケラ笑いながら帰るのは自分学生時代の部活帰りと変わりはないが、歩いている道や環境、軍服のような学生服を見ながら、
これが父の学生時代だったのかとふと不思議な感覚になった。
今思えば、多分移民1世で2世である自分とは常識が違う外国人として父親を見ていたのが、似たような学生時代を送っていたように感じて驚いていたのだと思う。
そんなこんなで祖母のいる実家に着くと、祖母と実家にいるお手伝いさんの何人かが駐車場で出迎えてくれた。
か細く、しかしながら甲高い僕の名前を呼ぶ祖母の声は歳の割には力強く、威厳を放っていた。
いざ、姿を見ると杖をつきながら顔を見たら満面の笑みで僕をまっすぐ見つめていた。
思わずスーツケースを置いてハグをしに駆け寄った。
それからことは、不思議とあまり記憶がなく、10年ぶりの再開に緊張をしていたのか、嬉しさによる興奮や長旅の疲労も相まって、父の実家に帰省してすぐ次の日に熱と咳で寝込んだ。
だけど、ジャングルの中にある父の実家はジャングルの中とはいえ、父の9人兄弟
たちと祖父が建てた家が立ち並んでいて、強い日差しの中にも木陰や風通しのいいコテージがところどころにあり、都会の喧騒から遠く離れた過ごしやすい静かな別荘の印象があり、病人には優しい環境だった。
ジャングルの中に実家のある家族にとっては、子供たちが大人になってから別荘を建てるのはナイジェリア東部の民族では当たり前らしく、ジャングルの中だと尚更政府の目行き届かないために土地や建物に対しては個人の所有物としての権利が保障され、税金が効かないらしい。
ただ、うちの父や海外に移住した一部の叔父たちの家たちは未完成か廃墟と化しているものもあった。
微かな帰省の記憶には、家族写真たちや実家の猫に勝手にえさやりをして怒られたり、敷地内にある祖父のお墓と葬式の様子や祖母の内戦時のお話があった。
元気になってからは、祖母にもらった祖父の民族衣装を着て近所を練り歩いたり祖母と記念写真を撮ったりした。祖父の民族衣装はシルクが水色に染まる花柄を纏っていて、ところどころダイヤのような粒が散りばめていて光を放っていた。
両替したお金を渡した時は、祖母は大喜びをしていた。
100ドルはナイジェリアでは、為替レート暴落と近年のインフレにより平均給与の2ヶ月分近くに相当するらしい。そのお返しにしても、父の幼少期の話や祖父の形見は重たく胸が締め付けられた。
日本で1〜2日働いた分のお給料でこんなに喜んでもらえて、幸せな気持ちになれるのならそりゃ何度でも来たくなるなと思いながら、旅行計画を羨ましいと聞く母との会話を思い出した。
「じゃあ、また10年後ね」と実家のお手伝いさんの言葉は嫌味とプレッシャーに満ちていた。
実家帰省とはいえ、時間や距離、治安や経済的に当たり前に毎年はできない。
家族のつながりを大切にする文化は父の民族や親戚には色濃く残っていて、できればそれに応えたいと思うところもある。
でも、まだ日本に帰ってやりたいことやなんとなく抱いている野望はいくつかあるわけで、向かう先に帰ってくる予定はまた当分ない。
それでも、今は仕事や個人的なニュースがこのジャングルまで届くように目の前にあること帰って頑張ろうと思う。
そう思うと、お手伝いさんの言葉は「いつでも帰っておいで」といっているようにも感じた。
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